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時間資本はデザインできるか?

今回もアアルト大学CoID(Collaborative and Industrial Design)の専攻オプションとして指定されているDesign for Social Change -Strategy-(社会変革のためのデザイン-戦略-)で取り上げられたトピックについて書いてきます。前回は「社会運動とデザイン」について深掘りしていきましたので、興味のある方はこちらをご覧ください。

今回は「代替経済」の話です。


1. 従来の資本主義とは異なる「代替経済」

「経済停滞が課題」「経済成長を目指す」など「経済」という言葉が使われる際は必ず「お金(金融資本)」が前提として語られていると思います。しかし、その常識とは異なるアプローチの「経済」が世の中に存在します。授業を担当するGuy Julierがまとめた「Economics of Design (2017)」の中で紹介している「代替経済」です。ChatGPTによると以下のように定義されているようです。

「代替経済」(Alternative Economy)は、従来の主流経済システム(資本主義や市場経済)とは異なる形で価値交換や取引を行う経済の形態を指します。金銭に依存しない、または異なるルールに基づいた経済システムや価値観を含みます。

出典:ChatGPT

代替経済には様々な種類や事象が存在しますが、Guyが取り上げていた例の中で特に興味深いと思った3つについて紹介したいと思います。

1. 🇨🇳 Shanzhai Innovation
Shanzhaiは漢字では「山寨」と書き、中国語で「模倣品、ニセモノ」という意味を持ちます。私が大学生時代、中国でパックパッカーをしていた時に出会ったイタリア人が「Fake products are Chinese brand」と言って揶揄していたのを覚えていますが、そのあとは全く違う進化の見せ方をしています。Wikiでは「エリート階層が主導するイノベーションではなく、草の根が主導する模倣の積み重ねによるイノベーション」と定義しています。

この山寨イノベーションの中心地が「深圳」であったと聞くとなんとなくイメージできるものがあるのではないでしょうか。特徴は、完全な模倣品ではないユニークな製品が多い(単なるコピーは「盗難」)ことと、企画から販売までの圧倒的なスピード。例えば、携帯電話事業ではiPhoneを模倣した「HiPhone」や、Nokiaを真似た「Nokla」など(日本では考えられません)があり、これらをデュアルSIMカード対応など中国のローカルのニーズに合わせて迅速に開発されるエコシステムを築いたことが、現在の巨大企業であるHuaweiやXiaomiにつながっています。他にもドローンで有名なDJIやソーシャルメディアのWeChatも同じエコシステムから生まれており、Guyはそのレポートの中で「中国のデザインは独自のルートを辿っており、社会的つながりや曖昧な財産権、分散型成功、地方政府と起業家の密接な関係など、中国特有の経済や社会の文脈がその基盤となっている(一部要約)」とまとめています。

知的財産にとらわれない開かれたデザインは地域に経済的な豊かさをもたらした(出典:Clément Renaud)

2. 🇮🇳 Jugaad Innovation
次に紹介するのは利益よりも実用性や地域性を重視する代替経済的なデザインアプローチである「Jugaad 」というインドで起こった現象です。言葉の語源はヒンディー語で「革新的な解決策」を意味します。ただ、これは中国の「Shanzhai Innovation」とは異なり、「jugaad」は必ずしも商用製品にスケールアップされない、一回限りの問題解決が多いのが特徴です。この現象が起きている地域の多くが貧困地帯であることから、根底にあるのは「目先のニーズを満たすこと」にあるとのことです。レポートで例に挙げられていたのは、ミティクールと呼ばれるセラミック冷蔵庫。2001年のググラティ地震後、マトカスと呼ばれる伝統的な土器用ポットで蒸発を利用して水を冷やすという考えからヒントを得て作られたもので電力供給が不要であることから地域の多くの方がこの製品を購入したそうです(多い時は230台/月ほど)。

貧困層や農村部などて身近な課題を解決するために生まれたこの物語は、アイデアがいかに「不利な状況から生まるか」という模範としてビジネススクールのテキストにも紹介されているようです。これらの日常的な小規模ながらもクリエイティブな取り組みは「質素なイノベーション」と呼ばれ、後にインドの大手自動車メーカー「タタ・モーターズ」が開発した「タタ・ナノ」にもつながったとのことなど、インドの成長率に大きく貢献したようです。

ミティクール冷蔵庫とその発起人マンスク・プラジャパティ(写真: Mitticool Clay Creations)
Jugaadは流通はされないが、一時的に役に立つ実用的な開発が多い(出典:Linked in)

3.🇬🇧 Timebanking UK
最後に紹介するのは「Timebanking UK」、いわゆる「時間銀行」です。「1時間=1時間」という基準で交換が行われ、スキルの種類や市場価値に関係なく、全ての貢献が平等に評価されます。法律のような専門的な相談でも、子供の送り迎えでも同じ「1時間」という価値です。フラットで平等主義的な代替経済を生み出すのがこの取り組みの特徴です。多くが地域密着型であることから地域福祉や健康に役立つ支援ネットワークが構築され、コミュニティの結束が高まる効果が期待できます。
また、金銭的リスクを伴わないため、スキルの共有や創造的な実験が活発になり、商業的なプレッシャーのない代替的な経済エコシステムが形成されるのも特徴の一つとのこと。確かに、依頼する側と受ける側の間に金銭的なやり取りがあると、責任が生じて近所の中の良い人同士であっても一種の緊張感が発生するのもわかります。私自身、この「時間銀行」という概念を知らなかったので、聞いた瞬間に何かピンとくるものがありました。

Timebankingの利用画面

2. 「時間銀行」の始まりは、実は「日本」

私が「時間銀行」が特に気になった理由は、「経済」とはいえ、従来の金融資本(お金)を手段とした経済とは全く違う仕組みで機能していると言う点です。調べてみると、この時間銀行の仕組みを世界で初めて導入したのは、実は「日本」のとのこと。その起源は1973年、大阪で水島照子氏が設立した「ボランティア労働銀行」(現在のボランティア労力ネットワーク)にありました。この取り組みは、女性たちが仕事や子育てで忙しい時期や介護が必要な場合に、時間を単位として助け合うネットワークを築いたものでした。労力交換は、労力を受けた者が、基本的に 「1時間につき 1点」として「労力点カード(Lカード)」を発行。労力の提供者に手渡すことにより取引が成立し、有効期限はなく、長期保有も可能だったそうです。(水島 照子, 1983)。しかし、現在運用されているかどうかは確認することができませんでした。

その他にも、アメリカの「Timebanks USA (1995)」、スペインの「Banca del Tiempo」などの時間銀行が存在していました。いずれも利用ユーザーが各地域を合計すると1万人を超えており、地域に閉じている経済とはいえ拠点によっては一つの資本主義に依存しない代替経済圏が形成されていることがわかります。

3. ポスト資本主義のデザイン

この時間銀行が授業で取り上げられたのを聞いて思い出したのが、同じGuyによる授業の「Designe Culture Now」で取り上げられた「Design after Capitalism」という本でした。なかなか一言で説明するのが難しいのですが、ざっくり説明すると「デザインは資本主義を加速させてきた一面があり経済的な豊かさをもたらした一方で様々な格差を生んだ責任もある。これからは、資本主義の構造を基盤としながらも、社会的な豊かさを構築する新しい経済構造を成長させることがデザインには求められている」と言うような主張です。

では、時間銀行と何が関係あるのか?と言うことですが、私の中ではこの書籍で定義されている「Design after Capitalism」のコンセプトと時間銀行が一致しているのではないかと考えたためです。Erik Olin Wrightが提唱する「反資本主義の戦略論理(strategic logics of anticapitalism)(図1参照)」のマトリックスでも、Design after Capitalismは市民社会による資本主義構造を超えた取り組みの一例として位置付けられています(Wizinsky, 2022)。つまり、国家主導ではなく、かつ従来の企業が取り組む問題解決でもないアプローチである、と言うことです。

図1 Erik Olin Wrightの資本主義を浸食する戦略における、資本主義後のデザインの戦略的な位置づけ(出典:Wizinsky, M. (2022). Design after Capitalism. MIT Press)

さらに、この取り組みは具体的に実施すべき戦略として書かれた図2における「Facilitationg Community Design」に該当します。この中でデザイナーはPost-Capitalist Designerとしての役割が求められ、商品やサービスの開発を単なる物理的なデザインとして捉えるのではなく、その取り組みが他者の生活や幸福(Well-Being)と深く結びついているという認識を持つことが重要になります(Wizinsky, 2022)。つまり、デザイナーは物そのものをデザインするだけでなく、社会全体の新しいシステムを構築し、消費者と共にその実現に取り組む必要がある、と言うことです。この考え方は、時間銀行などのシステムデザインにおいても重要な示唆を与えるものだと感じました。

図2 PCD Strategies. Principles x Layers = Strategies
(出典:Wizinsky, M. (2022). Design after Capitalism. MIT Press.)

※ちなみに、この本は非常に読み応えがあったので、別途詳しく書こうと思っています。(邦訳版が未発刊のため翻訳したい!と思うほど学びが多い本です)

4. 金融資本は幸福資本につながるとは限らない

ここで「時間銀行」の元手となる「時間資本」について深掘りをしたいと思います。ここでは、毎度取り上げさせていただいている山口周氏の「ライフ・マネジメントの構造原理」の考え方が非常に役に立ちました。noteの一部を抜粋・要約させていただきます。

まず、人間は「時間資本」「人的資本」「社会資本」「金融資本」という4つの資本を持っています。そして、人のキャリアは、時間資本を起点に人的資本、社会資本、そして金融資本へと投資が連鎖していく、一種のゲームのようなプロセスであると考えられています。(中略)注意して欲しいのが、金融資本が幸福資本を生み出すわけではないということです。ウェルビーイングな状態に到達、あるいは維持するためには、一定水準の金融資本が必要なことは言うまでもありません。つまり一定の金融資本は、ウェルビーイングの実現という点で必要条件ではあるのですが、しかし十分条件ではありません。

note「ライフ・マネジメントの構造原理」(山口 周, 2024)

私がこれを見てハッとさせられたのは、なんとなく感じていた「金融資本は幸福資本につながるとは限らない」と言うことを明確に図で示されていたことでした。詳細は上記のnoteを読んでいただきたいですが、この図は時間銀行を現代に活用していく上でのヒントがあるように思えました。

図3 note「ライフ・マネジメントの構造原理」(山口 周, 2024)

そして、もう一つ補足として取り上げたいのが山口陽平氏の「3つの世界 キャピタリズム、ヴァーチャリズム、シェアリズムで賢く生き抜くための生存戦略」です。書籍の内容の説明はここでは割愛しますが、別の角度から同様の指摘をしています。

貨幣の問題の本質は「文脈」の断絶であり、「顔が見える(固有名詞がわかること)」「なめらかな(文脈のある)」である経済を作っていくためには、貨幣を使わない経済の創造が必要である。そこで出てくるのが記帳経済や時間経済、信用経済である。(中略)これからの経済システムは時間通貨と記帳経済を基盤に、信用を評価し、個々の享受できることが変わっていく経済が浸透してくるだろう。

出典:3つの世界 キャピタリズム、ヴァーチャリズム、シェアリズムで賢く生き抜くための生存戦略(山口 揚平, 2024) 

この2つが共通しているのは、「金融資本に依存せずに幸福資本につながる経済(取組み)の重要性」であると私は解釈しました。ここから、授業で取り上げられた代替経済の一つである時間銀行と合わせて、自分なりに議論を発展、応用させていきました。

5. 時間資本はデザインできるか?

最後に、まさにタイトルにあるような「時間資本はデザインできるか?」と言うのが「Design for Social Change (Strategy)」の最終課題で私が掲げたテーマでした。時間資本は誰もが平等に持っている資産です。その活用方法によっては金融資本に依存せずに幸福資本につなげることができる、と言う仮説のもと、従来の経済とは異なる経済システムのデザインが可能なのではないか、という問いを自らに投げかけました。具体的な課題レポートの内容は「時間銀行に地域通貨の要素を部分的に取り入れた資本主義に依存しない福祉システムのデザイン」です。ここで課題の詳細を説明すると長くなるので割愛しますが、ポスト資本主義と代替経済は今後も自分の中のテーマの候補になりそうなので、研究を続けたいと思います。


最後まで読んでいただきありがとうございました!

Reference

水島 照子 (1983). プロの主婦・プロの母親: ボランティア労力銀行の10年. ミネルヴァ書房

山口周 (2024).「ライフ・マネジメントの構造原理」.note
https://note.com/shu_yamaguchi/n/nd23f431cecde

山口揚平 (2024). 『3つの世界: キャピタリズム、ヴァーチャリズム、シェアリズムで賢く生き抜くための生存戦略』. 実業之日本社

Wizinsky, M. (2022). Design after capitalism: Transforming design today for an equitable tomorrow. MIT Press. https://mitpress.mit.edu/9780262543569/design-after-capitalism/


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