
アアルト名物授業開講!「Design for Government」
この授業を取れば、あとは卒論だけ…!というわけではありませんが、それくらい入学前からずっと受講したいと思っていた授業「Design for Government(DfG / 政府のためのデザイン)」がついに始まりました。アアルト大学の中でも人気のある名物授業の一つで、受講するには専用の応募フォームが必要なほど。競争率も高く、アアルト大学以外の人も申請できるため、狭き門だと聞いていました。最初は「きっと選ばれないだろう」 と思っていたので、まさか自分が受講できるとは…!それだけでも、個人的には大きな意味があると感じています。そんなDesign for Governmentとはどんな授業なのか? まだ始まったばかりで、わからないことも多いですが、今の時点でわかっている情報を整理してみたいと思います。
※この授業はフィンランド政府が関わっているため、情報管理が厳しく、授業の最初に契約書のようなものを読んでサインする必要がありました。そのため、この記事では公開されている情報と、自分の所感を中心にまとめていきたいと思います。

1. 「Design for Government」とは?
「Design for Government(DfG)」 は、フィンランドの国家レベルの政策課題に対し、省庁、公共サービス機関、自治体と連携しながら取り組む12週間のロングランプログラムです。2014年に始まり、政策設計における創造的・革新的なアプローチへの国際的関心の高まりを受けて開講されたとのこと。フィンランド・イノベーション基金であるSitra(シトラ)が設立したプロジェクトHelsinki Design Lab (HDL)のような、政策課題の解決にデザイン思考を活用することを目的とした活動の流れを継いでいるようです(2013年にプロジェクト自体はクローズ)。
授業を指揮するのは、Helsinki Design Labで戦略デザインディレクターを務めたMarco Steinberg氏。国家のイノベーション能力向上と福祉の発展をデザインを通じて推進してきた人物で、DfG以外にもStrategic Design の授業をアアルト大学では担当しています。このような国家レベルの戦略デザインの第一線で活躍する方から直接指導を受けられるのは、本当に贅沢な機会だなぁと感じました。
DfGのアプローチは以下のような言葉と図で説明されています。
"We apply human-centered approaches to identify stakeholder needs, systems thinking to analyse the wider context of policies, and behavioural insight to identify and design relevant solutions to policy change."
「人間中心のアプローチでステークホルダーのニーズを理解し、システム思考 を用いて政策の背景を広い視点で分析します。さらに、行動を洞察することで、政策の改善につながる具体的な解決策を考え、設計する。」

上記の図の色分けでもわかるように「人間中心アプローチ」「システム思考」「行動洞察(インサイト)」の大きく三つのフレームに分けてカリキュラムが組まれています。具体的にどのようなことをやるかについては実際に受けた内容をもとに今後書いて行きたいと思います。
2. 政府にこそデザインが必要
最初の授業のオリエンテーションで特に印象に残ったのは、政府が直面する課題とその対応についての説明でした。Marcoの「ものすごくシンプルにいうと」という前置きの後に示されたのは、9つの四角で表された図。政府は問題に直面したとき、基本的に今ある状況の中で調整する傾向がある、と。例えば、財源が足りなくなると、ある制度の規模を縮小したり、いくつかの制度を組み合わせて数を減らしたり、制度の配置を変えたりと、既存の枠組みの中で対応しようとするという話でした。
しかし、新しい問題には新しい仕組みが必要であり、過去のやり方を単に縮小するだけでは不十分だと説明されました。本当の改革には、既存の四角い枠にこだわるのではなく、新たに円や三角などの異なる形を生み出す必要がある という話でした(ざっくりいうと)。デザイナーにはそれができる、だからデザインが必要なんだと。つまり「今あるものを少しずつ削る」のではなく、「そもそも今の仕組みが正しいのかを考え、新しい形を作るべき」ということなんだろうなぁと解釈しました。

これを聞いてアートゥーロ・エスコバル著の「多元世界に向けたデザイン(Designs for the Pluriverse)」の中でも同じような話があったのを思い出しました。この本の中で、サステナビリティの文脈でデザイナーの役割として「物事が小さくなれば、その中で新しい仕組みを作ることができる」というようなことを話しています。
個人的には、デザイナーは複雑さや曖昧さ、そして動的な要素を受け入れながら、それらを統合する能力を持っていると思っています。一般的には、物事を整理し、わかりやすく構造化しながら進めていくことが求められますが、むしろ不確実性を抱えながら新たなつながりを生み出すことができるのが、デザイナーの強みなのではないかぁと。だからこそ、政策のような複雑な課題に取り組むことは、デザイナーに適した領域なのではないかなと思います。
授業の進め方としては「政策」と「実行」の2つのフェーズのギャップを埋めることを目的に、単なる上流・下流という枠組みではなく、循環しながら課題をデザインしていくという説明がありました。現在の私たちは、市民として「実行」フェーズにいますが、これからは「政策」の視点にも立ちながら取り組んでいこう、という話。ただ、それを単に「政策から実行へ」という一方向の流れではなく、行ったり来たりしながら互いに影響を与えるような形で進めていくという考え方です。言うのは簡単ですが、実際に具体的な政策課題をもとに、この循環型のアプローチを実践するのは相当難しいだろうな… と話を聞きながら感じました。


3. 今年のテーマは「高齢者」
ベタなテーマですが、やはりこれがフィンランドでも真正面に取り組まなければいけない課題なのでしょうか。昨年はサステナビリティとガバナンスだったので、だいぶ手触り感のあるテーマになったなぁという印象です。

ただ「高齢者」と言ってもいろいろな側面の課題があります。公式サイトでもすでに公開されていますが、今年はこれをテーマに「オープンガバメント(Open Government)」と「知識の継承(Continuity of Knowledge)」の2つのトピックに分けてグループが構成されることになりました。ちなみに私は後者の「知識の継承」グループ。それぞれのテーマについて、公式サイトの説明を抜粋して紹介します。
1.高齢者に優しいオープンガバメント🤝フィンランド財務省
フィンランドのオープンガバメント行動計画(2023~2027年)は、透明性、参加、包摂を重視しながら、特に脆弱な立場の人々(高齢者など)を含めることで、これらの価値を実現することを目的としているとのこと。ただ、高齢者は政治や社会活動への参加において様々な障壁があるので、財務省は、高齢者のニーズを政府の政策により効果的に取り入れる方法を模索している、そうです。
【主な課題】
・オープンガバメントの原則を、高齢者のニーズにどう適応させるか?
・高齢者のデジタル包摂を促進するために、どのように適応させるか?
・高齢者にとって意義のある社会参加とは何か?
2.ケアの継続性🤝フィンランド社会保険機関(KELA)&社会保健省
医療の継続性モデルをどのように支え、65歳以上の高齢者に対する価値基準に基づく医療(Value-Based Healthcare)を強化できるかを探ることが目的。フィンランドの医療システムは、待ち時間の長さや医療へのアクセスの不平等、コストの増加などの課題を抱えています。昨年のプロジェクトで検討された「かかりつけ医(Omalääkäri)」のサービスモデルを基に、今年はケアの質向上のための知識活用の方法を探る、とのこと。最新のフィンランドのヘルスケアの状況についてはFinland Health system sammaryにまとめられていました。
【主な課題】
・現在記録・活用されていない知識にはどのようなものがあるか?
・現行の知識管理の方法は、適切なケアの意思決定をどう支援できるか?
・多疾患の患者ケアに、知識の継承はどのように役立つか?

リサーチを進める中で、当然他国の状況を調べることになるのですが、やはりベンチマークの中心は日本になります。高齢者人口はフィンランドの約28倍ですが、世界で最も高齢化が進んでいる日本がどのような対策をしているかは重要な参考事例となるためです。しかし、クラスで日本人は私一人。日本がどのような状況でどのような対策を取っているのか、しっかり現状の高齢化の状況を説明したり調査をしないといけないなぁとプレッシャーを感じてしまいました…。

最後まで読んでいただきありがとうございました!
この授業は、デザインを学ぶ学生が政府の仕組みを理解するだけでなく、政府側もデザインについて学ぶ機会でもある と友人から聞きました。日本には、そのような場がまだほとんど存在していないなぁと感じています。日本語でも難しい内容ですが、参加するだけでも意義がある という気持ちで、少しでも多くの学びを得られるように、今後も定期的にnoteで自分の考えをまとめながら、学びを深めていきたいと思います。