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世界が終わるまであと89秒—スペキュラティブデザインと終末時計

今期受講している 「Design Approaches to Sustainability」 の最終プレゼンが終わりました。この授業は、アアルトのビジネス・テック・デザインのジョイントプログラム 「Creative Sustainability」 プログラムのトップIdil Gaziulusoyが共著した「Design for Sustainability」 をベースにしています(この本を知ってからずっと受講してみたいと思っていた)。日本でも「サステナビリティ」は広まっていますが、「環境」「エコ」の印象がまだまだ強く、自分自身もデザインの活用においてその枠を超えられずにいました。この授業での最終課題はチームで大学内の特定分野(Food / Mobility / Housing / Textile / ICT-domestic appliances)を選び、サステナブルなアプローチを適用して成果物の発表とレポートを提出すると言うもの。私たちのチームは 「ICT-domestic appliances」×「Speculative Design」 を選びました。今回の記事ではそのアプローチによる成果物と、プロセスの中で特に印象に残ったことについて書いていきたいと思います。


1. スペキュラティブデザインとは?

スペキュラティブデザインといえば長谷川愛氏の「私はイルカを産みたい」と言う作品が有名ですね。その言葉を知らなくても、この画像は見たことがある、と言う方は多いかもしれません。

私はイルカを産みたい…(長谷川愛, 2011-2013)

いろいろな言われ方をされますが、昨年発刊された「世界観のデザイン」によると「テクノロジーの社会的・文化的・倫理的な意味について、デザイナー、産業界、一般市民の間で議論を促すためにデザインを活用する方法」「売れるもの、目の前の顧客のためのものづくり、を超えて、もっとより深いレベルで、人間の価値観や常識に揺さぶりをかけるようなものづくり」と言う説明の仕方をしています(Iwabuchi, 2024)。デザインを問題解決ではなく問題提起に活用する、と言い換えてもいいかもしれません。以下の図が有名ですね。

ダン・レイビー氏のPPPP図(「世界観のデザイン(岩渕正樹, 2024)」より拝借

我々はいつも常識的・論理的な Probable(起こりそう)な未来を考えますが、その外側にある Possible(起こりうる)未来にこそ、現状を打破したり現実を変えるアイデアがあるのではないか。Preferable(望ましい)未来は、Probable(起こりそう)な未来とは異なるものなのではないか。

世界観のデザイン(Iwabuchi, 2024)

よくSFと何が違うの?と言われることがありますが、未来起点である点は共通しています。ただ、SFは未来の物語を描き、想像力を刺激するものであることに対して、スペキュラティブデザインは未来の可能性を現実の問題と結びつけ、議論を生む手段という点が異なります。意味としては理解できますが、実際に具体的なアウトプットを生み出すのは想像以上に難しい…。チームでのディスカッションでも、何をどう形にするべきか悩み、沈黙の時間が何度もありました。

※余談ですが、「世界観のデザイン」の著者・岩渕氏は、ニューヨークのパーソンズ美術大学でスペキュラティブデザインの提唱者ダン&レイビー氏に師事し、現在はJPモルガン・チェース銀行初のフィーチャリストとして活躍されています。実は2018年、私が海外大学院を目指すきっかけとなったビジネスデザインのトークショーで、彼の隣で講演を聞いていました。ゲストへの質問の時に、パーソンズ進学直前であることを話しており、その流れで受験の軌跡を伺い、受験のための努力に驚愕したのを覚えています。私の留学は数年後になりましたが、その間、岩渕氏はニューヨークで活動しながら、東北大学特任准教授、国際コンペの審査員を担当するなど、その活躍ぶりにはいつも刺激を受けていました。日本でのデザインの意義を拡張することに貢献されている岩渕氏を陰ながら応援しています!

2. 終末時計が示すこと

チームでは最初2050年をスコープに入れて考えていましたが、今より大きくは変わっていないのではないか、という意見が出たことから100年後の2125年を起点として考えることに。核融合エネルギーの常用やブラックホールの活用、地球の破滅などの話に議論が拡散しました。ただ、ますますスペキュラティブデザインを活用して具体的に形にするのが難しくなり…そんなモヤモヤが1週間ほど続いていた時に、あるニュースを見た時にピンときました。それが「終末時計が1秒進み、世界の終わりまで残り89秒になった」というニュースでした。

終末時計(Doomsday Clock) とは、人類の滅亡までの時間を象徴的に示す時計で、「地球滅亡まであと何秒か」という形で表現されるシンボルです。核戦争や環境破壊、技術の暴走など、人類が直面する脅威の危険度を可視化する目的で設計されました。1947年、アメリカの科学雑誌 「Bulletin of the Atomic Scientists(原子力科学者会報)」によって、冷戦期の核戦争リスクを示すために創設され、世界情勢に応じて不定期に更新されるそうです(今回は2年ぶりに更新)。

終末時計は創設当初、午前0時まで7分(420秒) に設定されていました。しかし、1989年のベルリンの壁崩壊 などをきっかけに国際協力が進み、1991年には17分前まで改善された時期があったようです。しかし、その後、気候変動、戦争、未知のウイルスなどの新たな脅威 が地球を襲い、現在では「89秒前」まで進み、史上最も危機的な状態になっています。

終末時計での世界の終わりまでの残り時間の推移(出典:Wiki)

3. 時間を戻せ! -Aalto Doomsday Clock-

「終末時計」のニュースを見てピンときたことから、3時間ほどの特急で作った動画が、みんなが「いいじゃん!」と言ってくれ、そのままアウトプットとして採用されまた。「大学のキャンパスが89秒後に消滅するとしたら?」という仮説を起点に作成。その動画がこちら。

終末時計のサイトを見た瞬間にロゴのイメージはついていたので(時計の長針がポイント)、ロゴの制作は10分ほどで完成。ナレーションは最初はAI音声にしていましたが、シリアス感が欲しかったので最終的に人間の声に差し替えました。終末時計は世界のさまざまな事象と結びついていますが、物事が大きすぎて手触り感がありません。この「Aalto Doomsday Clock」は 学生や大学での活動とリンクし、週次で更新され、地球への影響度合いによって針が進んだり戻ったりする作品 です。もちろん、大学も地球の一部であるため、終末時計の針が変更された際には、それにも同期される仕組みになっています。学生にも目につきやすい大学の電光掲示板に反映されることも想定しました。

アイデアの収束が急ぎすぎて、プロジェクト全体がツギハギ感のある仕上がりになってしまったのは反省点ですが(すみません)、個人的にはアウトプットとしてはアリだったんじゃないかと思っています。実際、後のアンケートでは約80%の人が「自分の価値観や常識が変化した」と回答。さらに、「この時計を大学に設置してほしい!」 というフィードバックももらえました。

スペキュラティブデザインはまだまだ勉強不足感はありますが、その可能性の一端を感じ取れたとても良い機会になりました。その過程で読んだ前述の「世界観のデザイン」の巻末に、印象的な話が紹介されていたので共有したいと思います。これは 1899年にフランスの画家ジャン・マルク・コテが描いた「2000年には(予測)」シリーズの一作 で、100年以上前の人々が未来をどのように想像していたかを示す作品です。当時の人々の発想力に驚かされると同時に、自分たちも未来を考え、それをカタチにしていくことの大切さを改めて教えてくれます。

電気床磨き機 / En I'an 2000 (出典:Futurism

最後に、この書籍での締めくくりでもあったアメリカの生化学者であるアイザック・アシモフの言葉で終わりにしたいと思います。

「1899年(約100年前)に想像されたことを笑い飛ばしたり、からかったりするのは簡単だが、今、2085年(100年後)の生活はどうなっているだろうか、と聞かれたらいったいどうであろうか?
だから嘲笑したり、ばかにしたりしないで、これを貴重な機会と捉えて、未来夢想家の作品を見て、彼の楽しく愉快な想像力を鑑賞しつつ、なぜ彼の想像が今と違っているのかを理解しようではないか。」(1985年当時の言葉)

アイザック・アシモフ, 1986(岩渕氏意訳)

最後まで読んでいただきありがとうございました!


References
Iwabuchi, M. (2024). Designing worldviews: Techniques for thinking about future societies. Cross Media Publishing (Impress).

Hasegawa, A. (2011–2013). I wanna deliver a dolphin. Retrieved February 14, 2025, from https://aihasegawa.info/i-wanna-deliver-a-dolphin

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