見出し画像

社会運動とデザイン

アアルト大学へ入学する前からずっと受講したいと思っていた授業の一つがDesign for Social Change -Strategy-(社会変革のためのデザイン-戦略-)でした。これは私が所属するプログラムであるCoID(Collaborative and Industrial Design)の専攻オプションとして指定されている授業です。
※CoIDの詳細はこちらをご覧ください。

デザイナーが社会変革を起こす可能性はあるのか?という言葉から入るこの授業は、私にとってはとても刺激的でした。駆け抜けた7週間がようやく終わり、最終課題の提出が完了したので特に印象に残っているトピックについてまとめていきたいと思います。授業をリードするのは私のアカデミックアドバイザーでもあるGuy Julier。イギリス英語がなかなか聞き取りづらいことがありますが、性格も授業も緩急がある感じは個人的にはとても好きです。
今回はその授業で取り上げられたトピックの一つである「社会運動」について、自分の考えも含めて書いていきたいと思います。


1. 社会運動とは?

「社会運動」と聞くとテレビなどで流れる大勢の人が旗などを持ってデモや過激な行為をするメージを持つかもしれません。日本ではデモ行進はあっても、そこまで社会を大きく変えるような出来事にはなりませんが、海外では様々な社会運動があります。恥ずかしながら、私が聞いたことがない運動が多かったものの、一つひとつの運動が非常に意義があり、学ぶことが多いものばかりでした。授業で一覧化されて紹介されたので、復習も兼ねて紹介します。

1. #MeToo Pink Beanies
2. Elemental Housing, Chile
3. Alpine Cartographies of Climate Change
4.
Brave New Alps
5.
Città Slow
6. Colaborabora.org
7.
Copenhagen Cycle Chic
8.
Design Studio for Social Intervention
9. Disnovation.org
10. Dodo, Helsinki
11. El Bosque de la Esperanza, Bogotá
12. En Torno a la Silla, Barcelona
13. Forensic Architecture
14. Fixperts
15. Gothenburg Cooperative for Independent Living (GIL)
16. Heart of Code, Berlin
17. Iconoclastas, Latin America
18.
Khora, Berlin
19. Million Dollar Block, New York
20. Oranssi, Helsinki
21. Push
22.
Recetas Urbanas, Santiago
23.
Transition Towns

Design for Social Change -Strategy-

最初の課題は、ペアになって割り振られた社会運動について調べてA3のポスターを1枚作る、というものでした。私が指定されたトピックは「#Me Too Pink Beanies」。私が担当して大丈夫だろうか…と思っていたら、ペアの相手はなんとインド人の学部上がりたて?の若い女性。さらに不安が増しましたのを覚えています。ただ、結果的に彼女にだいぶ進めてもらい発表も二つに分かれてそれぞれがきっちり伝えることができたので、結果オーライ?になりました。このタイトルにもあるこの「Pink Beanies」という言葉。日本語にすると「ピンクのニット帽」という意味になるのですが、これは「PUSSYHAT PROJECT™」という社会運動を象徴するアイテムで、これが日本ではあまり話題にならなかった?か自分だけ知らなかったのかわかりませんが、非常に勉強になりました。

2. PUSSYHAT PROJECT™

この運動は、2016年のアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプ元大統領が女性蔑視的な発言をしたのが発端で始まりました。これに対する抗議のシンボルとして使われたのが「Pussy」という言葉(女性の体の一部と小さな猫という意味がある)。この活動は2017年1月にアメリカで開催された Women’s March(ウィメンズ・マーチ) に合わせて活発になり、SNSでの発信も相まって、全世界に一気に広がりました。目的は、女性に対する差別や暴力、権利侵害に抗議し、ジェンダー平等を訴えることで、その様子は以下のホームページや動画にまとめられていますので、ぜひご覧ください。世界中で約500万人が参加したとのこと(フィンランドの人口とほぼ同じ…)。とにかく規模がすごい。

この活動は様々な場面でインパクトがあったようです。ロンドンにある世界的に有名な美術館の一つである「V&A Museum」に展示されたり(世界的に認められた証になるらしい)、TIME誌の表紙を飾ったり、ミラノのファッションショーで使われたり。また、関連する法案や政策にも大きな影響をもたらしたのこと。すごいインパクトです。
※日本でも時々話題になる#MeToo運動とは目的が一緒ですが、異なる活動。

PUSSYHAT PROJECT™の社会的インパクト(制作ポスターより一部抜粋)

3. この運動の何がすごいか?

この運動を始めたのはKrista SuhとJayna Zweimanという二人の女性(上記の映像にも出てきます)。二人ともトランプ大統領の就任式翌日に予定されていたウィメンズ・マーチに大きな関心を持っていたのですが、Zweiman (下の写真右の女性)は健康上の理由から参加できないことに。その時に「直接デモに行けない人でも参加を示せる方法はないか」と考え考案したのがこのニット帽だったようです。

活動を始めたKrista Suh(左)とJayna Zweiman(右)(出典:KREM 2 News)

課題でペアだったインド人の女性の方から教えてもらった論文も読み、改めて私が感じたのはこの社会運動自体が非常に「デザイン」されているということでした。私なりに感じた点は以下の3つです。

1.視覚的なインパクト
これはその名の通りショッキングピンクの見た目のインパクトで、考案したをZweimanはデモで多くの人が集まりピンク色の海ができることを想定して色を決めたとのこと。たとえ同じ想いで集まったとしても、それぞれが別々のツールを持っていては、「ただの人混み」としか映らない可能性がありますが、このように全員が同じ「ピンクのハット」を被っていればその連帯感と視覚的なインパクトは非常に大きなものです。これはわかりやすく、伝わりやすい。

Rather than being resistant, designers engage people in activism with appealing visuals and influence people’s attitudes toward sexism in innovative practices (Tang, 2023). 
デザイナーは抵抗するのではなく、魅力的なビジュアルで人々を活動に参加させ、革新的な実践を通じて性差別に対する人々の意識に影響を与えている。

出典:The Pussyhat Project: How Designer Respond to the Current State of the World in a Responsible Way.

2.働く女性への偏見を象徴する「編み物」
そして、この「ニット帽」というアイテムが非常に意味が深いものでした。同じアイテムということであれば、スカーフや旗印など別の方法もあったのでは?と思いましたが、あえてニット帽にしたのは理由がありました。それは、「編み物」が女性が男性ができるすべての仕事をできるわけではないという伝統的な偏見とみなされていたようです。過去の例として、1923年のバウハウスでは、女性は絵画や建築のような男性優位のクラスを研究することは許されず、織み物しか学ぶことができなかったという歴史があったとのこと(Gotthardt, 2017)。ここと結びつけたことで、一気に「意味」や「意義」が帯びてきます。まさに人を巻き込むエネルギーの源泉です。

「編み物」は働く女性への偏見とみなされていた(出典:The Pussyhat Project: How Designer Respond to the Current State of the World in a Responsible Way)

3.誰にでも作れるシンプルなニット帽の設計
最後に、ニット帽の作り方です。これが「誰でも簡単にできる」というのがポイント。デモに参加できなかったとしても、自分が手を動かしてニット帽を作り、それを現地に送るだけでも「連帯感」を感じることができます。アメリカも広いので、現地に行けない方も多くいたはずです。SNS上でメッセージをシェアすることはもちろんすぐにできるのですが、参加している手触り感がありません。一方で、自分でニット帽を作って(しかも簡単に)、現地に送るという行為は身体性が伴い、自分が参加していることを実感することができます。結果的に、現地に寄付されたニット帽が10万個あったということを考えると、凄まじい効果です。

Kat Coyleによる4段階の作り方ガイダンス(出典:The Pussyhat Project: How Designer Respond to the Current State of the World in a Responsible Way)

このポイントを抽象化すると「わかりやすく」「意味があり」「誰でも参加できる」ということではないでしょうか。非常にうまく設計(デザイン)されていると思いました。このエッセンスは、他の社会運動にも当てはまりそうです。

4. 社会運動の多くは少数派から始まる

「社会運動」というのは、国や権威のある組織からトップダウンで行われる運動ではありません。「草の根の活動」と言われることもありますが、社会運動の多くが庶民レベルから湧き上がるように起こる運動が、最終的に社会に影響を与える運動に発展していきます。私の好きな山口周氏はnoteやラジオ、書籍などさまざまなところで「社会運動は少数派から始まる」と述べています。例としていつも挙げられているのは米国の公民権運動です。

たった一人の若い黒人女性=ローザ・パークスが、バスの白人優先席を空ける様に命じられた際、これを断って投獄されたという小さな事件、いわゆる「バス・ボイコット事件」がきっかけとなって始まっています。(中略)ローザは当時工場に勤める女工さんで別に公民権運動のアクティヴィストでも、ましてや社会運動のリーダーだったわけでもありません。彼女はただ単に「白人専用の席から立て」と言われた時に理不尽だと感じたので、自分の正義感に基づいて反論し、結果的に逮捕されてしまったのです。ここで発揮されているのはごくごく小さなリーダーシップでしかありませんが、しかし、その小さな声が、やがて世界の歴史を動かしていく巨大な声に拡声されて全米の運動につながっていったのです。

note「クリティカル・ビジネスを生み出すアクティヴィストのために」(山口 周)

また、山口周氏の著書「クリティカル・ビジネス・パラダイム」では社会運動・社会批判としての側面を強く持っているビジネスを「クリティカル・ビジネス」と呼んでいます。書籍では例としてテスラやアップル、フェアフォンなどが挙げられています。当時は社会的なコンセンサスが取れていなかったことに対して、少数派の人物(または起業家)がビジネスを通じて社会にメッセージを投げかけ、購入者がアクティヴィストとして機能し、事業拡大が一種の社会運動として世の中に影響を与えるという構造です。そして、その社会運動の発端となった人物と同じくらい重要なのが最初にフォロワーになった人であるということも指摘をしています。

クリティカル・ビジネスはその定義上、社会的なコンセンサスが必ずしも明確ではないアジェンダを設定して推進されます。このアジェンダに共感し、このイニシアチブを応援するフォロワーが少しずつ増えていくことで、クリティカル・ビジネスは社会変革の力を生み出していきます。このモーメンタムを生み出していく上で「最初にフォロワーになる人=ファーストフォロワー」の重要性はいくら強調しても足りません。

note「クリティカル・ビジネスを生み出すアクティヴィストのために」(山口 周)

5. その時、デザイナーは何ができるのか?

上記の山口周氏の指摘から考えると、このような社会的な問題が起こった(起こっている)時に「デザイナーができること」というのは「ファーストフォロワーになること」ではないか、と個人的には思っています。前述のニット帽を考案したZweiman(写真右)はハーバード大学で建築学の修士号を持つデザイナーであり、まさにファーストフォロワーであったのではないでしょうか。彼女の活動はデザインをポジティブな変化をもたらす社会運動のエンジンとして活用されたモデルと言えそうです。

デザイナーは、もちろんそれ以前に一人の人間であり自己表現として様々なことを伝えることができる一方、他社の考えに共感し、それを可視化して問題を解決する力も同時に持っています。今回のアイデアの発端はKrista Su(写真左)によるものらしく、おそらくZweimanは彼女の情熱に共感し、この想いを全米に届けたいとしてファーストフォロワーとなったのではないかと推測します。そのため、デザイナーができることは、情熱を持つ人に強く共感をし、それを多くの人を巻き込むための設計図を作るファーストフォロワーになること、であるともいえます。
この構造は、自分なりに考えた「アートとデザインの違い」にも通じるところもあり、もう少し深掘りしてみたいと思いました。

最後に、授業最終日にGuyが皆に配ってくれたプリント(教授や担当チューターからのメッセージ)になかなか粋のある言葉が書いてあったので、こちらを引用して終わりにしようと思います。「社会運動とデザイン」はこれからも考えていきそうなテーマになりそうです。

"If there is not a place for us in this world, another world must be made ... What is missing is yet to come."
この世界に私たちの居場所がないのであれば、別の世界を作らなければならない。まだ見ぬものはこれからやってくる。

Communique of the Indigenous Revolutionary Clandestine Committee, 2008

最後まで読んでいただきありがとうございました!

Reference

Communique of the Indigenous Revolutionary Clandestine Committee of the Ejercito Zapatista de Liberacion Nacional Sixth Commission, Mexico, September 15-16, 2008

Gotthardt, A. (2017) The Women ofthe Bauhaus School. Artsy. Retrieved December 25, 2021, from: https://www.artsy.net/article/artsy-editorial-women-bauhausschool

Tang, W. (2023). The Pussyhat Project: How designers respond to the current state of the world in a responsible way. International Journal of Education and Humanities, 11(1), 154–158.

いいなと思ったら応援しよう!