生きる#23 わたしとアナグマの関係性の変化
先日、ある地域から要請があり、有害鳥獣対策研修会の講師をしてきました。
この地域からのオーダーは『アナグマ対策』
山が隣接しているとは言え、町内の中では公民館や支所など公的機関や住宅が集中している地域です。
農作物被害だけでなく、住宅地での生活被害も多く報告されていました。
私たちも一昨年、このエリアで悪戦苦闘しながらアナグマを捕獲しました。
そのときの記事はこちら↓
その後、私たちもいろんな現場に出向いて、防除や捕獲を重ねてアナグマと向き合ってきました(そのほとんどが中心市街地や住宅地でした)
研修会で使う資料作成のため、これまで自分たちが撮りためた現場の写真を並べながら、自分の気持ちの"ある変化"に気付きました。
初めてアナグマを捕獲し、自らの手で止め刺しを行ったのは、有害鳥獣捕獲員になってすぐの春。
(猟師としての初めての猟果でもある)
センサーカメラで毎日観察し、1ヶ月以上試行錯誤してようやく捕獲できたアナグマだったのに、「やった!」と手放しで喜べず…。
「あぁ、とうとう獲れてしまった…」
あの時の複雑な気持ちは忘れることはできません。
涙をこぼしながら止め刺しし、解体して肉を食し、下顎は洗浄して今でも大切に残しています。
その後、市の鳥獣被害対策実施隊に任命され、
住民の方からの依頼でミッションとして捕獲にも携わるようになりました。
生き物の命を奪う瞬間は、いつまで経っても慣れません。
ですが、その都度現場で困っている方の顔を浮かべて自分の中でのスイッチを切り替えます。
「これで安心して畑ができる」
この一言で、ようやくこちらも救われた気持ちになります。
より捕獲効率を上げてミッションを迅速に成功させるべく、もっと経験と実績を重ねて検証する必要があるな…と毎回反省だらけです。
これまでの現場写真を見ながら思い出すと、同じアナグマという同じ動物でも、2つと同じ捕まり方をしてないことがわかりました。
改めてアナグマの生態を調べてまとめることで客観的に見えることもあり、
アナグマのことを知れば知るほど、この動物への理解と同時に愛が深まったのでした。
「あー、この子たちはほんとに悪気なく畑のスイカ食べてるんだな」と今更納得してみたり。
目の前の一頭一頭に涙することはなくなったけど、アナグマという種 独特の面白さや尊さを感じ始めたという…わたしの中での不思議な気持ちの変化。
だからこそ、勝手に恐れてやみくもに駆除するのではなく、人間側も相手を知った上でやるべきことがあるのだと強く感じます。
今回の研修会も、「アナグマ対策」以前に「アナグマの生態」を知ることからスタートしました。
自然界のことは人間の力だけではすぐに解決するものではありません。
しかし、「アナグマについて知りたい」と自らの意思で集まってくださった方がこんなにたくさんおられたこと。
そして、積極的に自分たちで出来ることを考え、発言される皆さんの姿が純粋に嬉しかった(わたし、何立場!?)
野生動物による農作物被害も生活被害も、困ってる人がいる以上減らしていきたい。
けど、
「被害者」と「加害鳥獣」
という対立関係ではなく、人間側が相手を知ることから始めないと、目の前の加害個体ばかりに目が行き、根本的な解決には繋がらないのだと思います。
とてもセンシティブな世界だし、それぞれの立場によって正義が異なります。
自分自身、アナグマと共に経てきた3年間を振り返りってみて、アナグマに対する愛の変化や、自らの「正義」の変化が、客観的におもしろいな〜と感じたのでした。