『固有値30講』を今の私が学びなおすと(その4)
その3からの続き。といっても最終講までいちいち論評していく余裕が今はないので、総論的なことを語るに留めます。
この『固有値30講』という、嶮しい嶮しい山道を読み登っていくと、ちらっつちらっと量子力学の生足が、木々の隙間から見えるのですよ。
それがお目当てて、私は必死に上り続けました。
本書はたまに定理の証明を省いてしまうことがあったり、定理の証明があっても、そもそもどうしてその定理がそんなに重要なのかわからないまま、どんどん話が進むんでいったりと、そういうところが非常に辛い書物でした。
それでも読み切れたのは、私が当時すでに量子力学について理解ができていたこと、ハイゼンベルクの $${PQ-QP=h/2πi.I}$$ に収斂していくように本が組み立てられていることと、その後あのフォン=ノイマン(23歳)がヒルベルト空間論を体系化して同数式の厳密な説明を成し遂げた史実を(緩い理解ではあったけれど)頭の隅っこに収めてあったおかげで、本書の方向性を見失わずに済んだからでした。
そのせいで混乱することもありました。
量子力学が二つの派に分かれたのが1926年。この二つが同値であることは、物理学者たちがやがて自力で気づいたとはいえ、その統合にあたってはややトリッキーな技が使われていました。
デルタ関数と呼ばれる裏ワザのことです。
数学者たちはこの技を嫌いました。便利ではあるけれど厳密さに欠けると。
フォン=ノイマンは、師匠ヒルベルトとその仲間たちがこつこつと進めてきた「積分作用素」の理論に着目して、ヒルベルト空間という数学空間を作り上げました。
これを使えば量子力学を完璧に呑みこんでみせると。
『固有値30講』もそうした史観にそって構成されているのがわかります。
ただ数学者さんがお書きになった数学の書物なので、著者さんもおっしゃるように物理学の視点は迂回されています。
そのせいで、本書の説明は、あるときは演繹的、あるときは帰納的です。
なんというか、時間の進み方がぐにゃぐにゃしています。
量子力学方面での二派対立のように、何か乗り越えねばならない課題があって、それを目指して何か数学の定理が見出されたのか、そうではなく数学の研究が進んでいって何か新定理が見出されて、それによって課題が順に乗り越えられたのか…
読んでいてどちらなのかわからなくなることしばしばです。
著者の志賀先生は、数学史の素養がある方ですし、どちらなのかすべて分かっていらっしゃいます。
この定理については前者で、この定理については後者だよと。
しかし読むほうにすれば、いちいち説明はしてもらえないので、目を回してしまいます。
小出しするんですよこの方。この定理は1896年にノルウェーの誰それが書き上げた論文で提示されたものである、等。
そういう小出しを手掛かりに、自分で調べていくと、ああなるほどー著者さんわかってはるわーと感動できるのですが…
そうでないと消化不良を起こしてしまう、そういう本です。
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