ノーベル物理学賞(2024年)をクールに語ろう! 最終回
ここまで9回かけて、機械学習のイロハについて、ど素人ではあるけれど多少物理学の心得がないでもない私が、かのスティーヴン・ホーキングが耳うちされたという「方程式をひとつ挿むごとに、本の読者数は半分になっていく」法則を意識しながら、なんとか小学生向けの授業のレベルまでかみ砕いていったシリーズとなっていったわけでございます。
よいこのみなさんわかってくれたかな~ 「わかりませ~ん」 そういうこというとしばくよあたしゃ。
本当はエントロピーとは何かって話までできると、本質に切りこめたのですが… 化学反応式はわかりますね。$${2H_2+O_2→2H_2O}$$ とか、習ったことがあると思います。
化学反応は、熱を発する(発熱)場合と、熱を吸う(吸収)場合の二つがあります。たとえば冷えピタは熱を吸うほうの反応ですね。
化学反応式をいくらじーっと睨んでも、どっちになるかはわかりません。化学反応には二つのメーターがあって、それがどう絡むかで、発熱か吸熱かが決まるからです。
ひとつは「エネルギー」のメーターで、もうひとつは「エントロピー」のメーターです。この二つがペアとなって、化学反応は進行します。
エントロピーについては、大学に進んでから教わるので、ほとんどの方は「あー名前くらいは聞いたことがあるわ」か「だんだん散らかっていくっていうあれでっしゃろ」くらいの理解だと思います。
しかし実はですね…
エントロピーは、物理学と情報理論をつなぐ、虹の橋
…なのです。
詳細は省きます。対数関数を使ってイロハから説明なんてされても、ほとんどの皆さんは「うへぇ高校の数学でお腹いっぱい、勘弁して~」でしょうし。
要はこの「エントロピー」というメーターを使うと、物理現実と仮想現実の両方を、自由に行き来できてしまうと、頭に入れていただければ、それで間に合います。
今回受賞されたジョン・ホップフィールドは、もともと物性物理学の方です。磁性の研究をされていました。
それがどうしてニューロンネットワークつまり脳の神経細胞(の機能)を人工的に再現する研究で画期をなしたのかというと、磁性の研究でずっと前より知られていたある法則を、エントロピーを虹の橋に使えば、ニューロン研究にそのまま持ち込めると気づいたからでした。
それに刺激されて、彼のホップフィールド・モデルの上位機種としてかのヒントンが考案したのが、例のボルツマンマシンでした。これがさらに数年後、同じくヒントンによって改良され、さらに21世紀に入ってより多層化に発展して、今でいう深層学習の扉を開いたわけです。
前回説明したとおりです。
同モデルを世界で最初に提示した日本人
ここでそろそろ出てくるわけですよ甘利先生かわいそうなお話が。ホップフィールドより10年も早く、同じモデルを提唱していて、しっかり英語論文も上梓されていたという、日本人科学者がいたんだぞって、あのお話です ⇩
イトケン先生(↑の筆者さん)のお怒りは分かるつもりです。ただ割と素朴な科学史観を抱いていらっしゃる方だなって私は感じました。
最初に思いついて世に問うた者が、年表に大きなフォントでその氏名を印刷されてしかるべきである、みたいな科学史観。
ノーベル物理学賞委員会によるプレスリリース(英語ですいうまでもなく)を拝見しました。二つあるのですよ。ひとつは短いもの、もうひとつはもっと長いもの。
熟読してこう思いました。ああ、なんとか物理学賞のカテゴリーに入れ込めるよう、正統化に躍起になっているなって。
正統性とは何か
「機動戦士ガンダンク」という有名なアニメがあります。今も新作が作られているようです。ようですと述べたのは、私はああいうのよくわからないからです。しかしそれでも第一作はそこそこ覚えています。ずっと後になって、当時の作画監督さんの手で連載まんが化されていることも。
何て名前だったかな…「ガンダムORIGIN」でしたか。ネットで無料公開されていた頃に全話読んでしまいました。コロナ禍の頃でしたか。おかげで楽しませていただきました。
アニメのほうでよくわからなかった部分がいろいろ肉付けされていました。
そのひとつが、最後の宇宙大決戦のさなかに則巻アラレさんがお兄様をいきなり銃殺して王権を握り…
彼女が新王となって、この宇宙大決戦を指揮していくと、それまで圧倒的に形勢有利だったのが、どんどん不利になっていく過程を、まんが版は丁寧に描いていました。
うろ覚えで綴っているので間違っていても大目に見てください。シャア妹(アラレちゃんではなくてシャア妹のほう)が、あの宇宙要塞に独りで潜入して、要塞内部の放送マイクを握って「私はジオン大君の娘アルテイシアである」とアジるのです。
これで要塞内部で、対立項が三つになってしまうのです。
①銃殺されたアラレ兄、②則巻アラレ、③シャア妹 この三人のどれが正統なジオン公国の王であるか?
ゲリラ放送に最も動揺したのが②のアラレ姫でした。顔色が変わってしまいます。彼女はお兄様を、指令室の部下たちの目の前で撃ち殺しますが、部下たちは彼女を新たな王として受け入れます。こんな論法でです。
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アラレ兄は、その父王を見殺しにした
それをアラレは成敗した
ゆえにアラレは次の王である
こういうのを王権の正統性といいます。王が王である根拠ですね。皆が納得するであろう理屈があってこそ、王は王座を保てます。
しかしそこに、中国現代史における孫文みたいな偉人・ジオン大君(ダイクン?)の、その愛娘が乱入してきたら、どうなるか?
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カリオストロ公国の正統な王は、大公家の唯一の遺児クラリス姫か、それとも摂政の伯爵さまか?おっと番組が違うので話を戻すと、とにかくそれと同じ混乱が生じます。
則巻アラレ姫(というか新・女王)にすれば、自分の王権が、真の姫たるアルテイシア(シャア妹)の乱入によって揺らぐわけです。
実際、要塞内部で内部分裂が生じて、あっという間に陣が崩れてしまいました。
ノーベル物理学賞委員会の真意はどこにあったか?
本題に戻ります。ノーベル賞は、いうまでもないことですがその分野において画期的研究とされるものに授けられます。
しかし、もうひとつ大きな条件があるのですよ。
医学・生理学賞に面白い例があります。日本の受賞者です。受賞理由が面白いのですよ。
熱帯地方にすむ寄生虫が原因で起きる深刻な病気の治療法を見つけたという功績で受賞…というのが表向きの理由でした。
しかし本当の理由というか、ノーベル賞委員会の真のメッセージは、ほかのところにあったと私はみます。
医学の進歩は、人間を延命させる方向に進んできました。
それはむろん進歩ではあります。しかし生きながらえさせることが唯一の医学の目的なのでしょうか? 病気、それも子どもたちを苦しめる病気の治療法を見つけだすことも、極めて大きな目標だと思います。
大村先生による、抗寄生虫薬の発見は、まさにそういう医学の本来の目指すものを象徴するものとして、ノーベル賞委員会に選ばれ、メダルを授けられたと想像します。
「医学研究は、初心を忘れていないか?」 そういうメッセージが、彼へのメダルには託されていたのだとしたら…
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今年(2024年)のノーベル物理学賞が、現代のAIの基礎理論に送られる理由が、なんとなく見えてきます。
長いほうのプレスリリースに目を通すと、今度の授与が、物理学の発展史において正統なものだと力説している様がうかがえます。
AIの活用が、科学の最先端に限らず、あらゆる方面で世界を変えつつあります。
あまり好ましくない変化も、すでにいろいろもたらしつつあります。
今後もっといろいろもたらすであろうことは必至であります。
思い出してください。アルベルト・アインシュタイン(1921年度ノーベル物理学賞受賞)が湯川秀樹(1949年度ノーベル物理学賞受賞)にこういったとかいわなかったとか。「あんなことになるのなら $${E=mc^2}$$ を私は世に出さないほうがよかった」
ジェフリー・ヒントン先生、昨年(2023年)に同じような発言をされていますね。
要約すると「AIの進歩は目を見張るものがあるが、その危険性に目を向けない経営者がいる」。
OpenAI社つまり ChatGPT の会社のことだと想像します。
事実、ノーベル賞が決まった直後の記者会見で「私が誇りに思っているのは、教え子の1人がサム・アルトマンを解雇したことです」と大胆発言をしました。
アルトマン覚えてますか皆様。OpenAI の若きドンです。同社のAIの危険性を指摘したある社内論文に怒って、それが社内の研究者たちからは「うちの親分はAIの怖さをわかっていない」と受け取られて、サムくんは同社から一度は追放されたのです。
わずか5日でこのクーデターはとん挫。彼はCEOに復帰しました。
ノーベル物理学賞委員会は、AIの発達が科学全般を飛躍的に躍進させているしさらに飛躍的に躍進させるであろうことは、よーく理解していました。
それが思わぬ危険を招き、増大させていくであろうことも、です。
それでヒントン先生にメダルを授与して、彼の発言力を飛躍的に高めさせて、つまりはそうした事態への警鐘役に選んだと、そんな風に想像します。
「アマリを入れるとノーベル賞のメッセージがぼやけてしまう」
ただ彼は「AIのゴッドファーザー」として優れた業績を残してきたとはいうものの、彼が発案した「ボルツマンマシン」は、何もないところからいきなり跳びだしたものではありません。
ロックンロールの始祖はチャック・ベリーだとされていても、チャックは別にこの音楽ジャンルをひとりで創造したわけではないし本人もそうは思っていなかったと思います。
それでノーベル物理学賞委員会は、ホップフィールドを共同受賞者として選ぶことで、ヒントンの受賞に正統性を与えたのです、きっと。
ホップフィールドは物性物理学の出身、つまりばりばりの物理学者です。
磁性物理学の古典的研究を、ニューロンネットワーク研究に取り入れて、それが現代のAIに発展して、物理学研究を飛躍的に躍進させている… 物理学賞を授けるに値する正統性があるではないか、という理屈なのだと考えます。
AI進化への警鐘役としてヒントンを担ぎ上げ、足りない正統性を補うのにホップフィールドをあてがえば、これでもう十分事足りるではないかと、そんなバランス感覚での選考だったのだと思います。
甘利俊一のほうがホップフィールドより十年も前に同じモデルを提示していることは、委員会も重々弁えていることは、プレスリリースのなかにアマリの名があることからもうかがえます。ただ物理学賞としての正統性を訴える物語を紡ぐにあたって、彼は少々パワー不足でした。
ご著作、ブルーバックスから本格的著作までいくつか拝見しましたが、彼が歩んできたのは脳の働きを数理的に語る、つまりモデル化する研究であって、AIの研究ではないのです。
彼を受賞者に含めてしまうと、委員会からの「AIの商業性に目がくらんで、その危険性に目をつぶるようなことがあってはならぬ」というメッセージが、ぼやけてしまう…
そういう理由で、彼は最終選考の段階で外されたのではないかなーと、物理学学徒の落ちこぼれに終わった私のような愚か者は、愚かなこの脳みそをもってして、下世話な空想をしてしまうのです。
洒脱な方のようですので、こんなことはとうに分かっていらっしゃると思います。
悲しいことに彼の取り巻き的な方々が、ここを分かっていらっしゃらないようにお見受けしました。
…ふう。
生成AIを使ってモダンクラシックな物理学論文を解読していくことを、昨年よりこのブログで私は続けてきました。
しかし今回は、機械学習という私にとってはあまり詳しくない(いちおう専門書は読んでましたが)分野について大慌てで学ぶにあたって、生成AIをこれでもかと問い詰めて、学習しました。
自分で自分の脳みそを外科手術するような、ヘンテコな経験をさせていただきました。
あ、以下はこれまでのぶんの一覧です。順に書き進めながら学んでいきました。今読み返すとビミョーな記述もなくはないので、いずれ書き改めたいと考えております ⇩
そうそうノーベル平和賞が広島の団体に送られたのと、奇しくも同じ年の受賞となったのは、偶然だとは思います。
思いますが、私には暗示的なものに思えてなりません。