YAKUSHIMA TREASURE / 水曜日のカンパネラ & オオルタイチ
フィールドレコーディングした音を曲に取り込み手法を、俺もよく使うし、この数年ほかでもよくそんなような音が使われている音楽をよく耳にする。ほとんどのものは、アタックの強い音をビートの一部としてしようしたもので、個人的にはあんまり好きなやり方ではない。
フィールドレコーディングすること自体を作曲と捉えるような人たちもいて、俺はどちらかというとそれが好き。録音すること自体が芸術作品を作る行為であるろいうことに、うまく言えないけどなんとなロマンを感じる。
ただしものすごく敷居の高い世界で、バカみたいに高い機材が必要な上に、フィールドに出かける時間と労力を捻出しなければならない。俺はそのどちらに対しても手が出せない状況で暮らしている。
それでも最近の安価なハンディレコーダーの音だってすごくいいので、気軽に生活音や街の音を録音して、それを音楽に織り交ぜることは割とかんたんにできる。ただ録り晒しの音作品と呼ぶのは非常に勇気のいることなので、それをどうやって音楽に変換してやろうかという思考が働くわけだが、そこで多くの人は音を切り刻み、ビート化させている。それはなんとなく、とてももったいないことだと感じてしまう。
「YAKUSHIMA TREASURE 」は、タイトルどおり屋久島で録音された音をベースに構成されている。音の解像度はとて高いけど、YouTube でオオルタイチさんがフィールドレコーディングをしている様子を観る限りでは、バカ高い機材ではなくハンディのレコーダーを使っている。
音に対してものすごく愛着を持っているようで、こんな使い方があったか!と感動した。音に対しての加工は、おそらく最小限に抑えられていて、それなのにものすごく音楽的で、フィールドレコーディングミュージック可能性が一気に広がったように感じる。やっぱり音は切り刻まなくてもよかったんだと、なんとなくほっとしてしまう。
コムアイさんの歌もすごくいい。偏見丸出しで言ってしまうと、こんな不思議なプロジェクトに対して歌を載せる場合、わかったつもりで、私は感覚派です的な雰囲気だけのしょーもない歌を歌う人が多いなか、必要不可欠な状態だと感じさせてくれるレベルでマッチしている。これができるボーカリストは、そんなに多くないんじゃないかな。
とりあえず明日、ハンディレコーダーを持ってでかけたくなった。