日記的なもの 2022年12月3日

あと先を考えるようになった。20代のころは人一倍考えずに暮らしていた気がする。たとえば飲み会が楽しなってしまったら当たり前のように終電を逃しまくっていたし、しょっちゅう仕事もサボっていた。おかげで風邪をよくひいていたし、体調は36歳になった今の方があきらかに安定している。

飲むお酒の量は減ったことがいちばんでかい。根本的にあと先のことがすぐにどうでもよくなりがちな性格だということもあるけど、お酒を飲むことでそれに拍車がかかることが多かった。もともといろんなことにうじうじと悩んでしまう性格なので、「もうどうにでもなれ!」と思い切れることに強く喜びを感じていたのかもしれない。お酒が好きな理由そのものが、あと先を考えないためだったということは十分にあり得る。

家族を持つことになって、そんなことも言ってられない状況になり、別に我慢したわけじゃないけどお酒の量が減った。二日酔いがこわくなった。明日ことなんかを考えるようになった。

この変化がいいことなのかどうか、まだよくわかっていない。たぶんどっちもある。

音楽のことにちょっとだけ無理やり当てはめて考えると、ここ最近ちゃんと再現可能な音楽がやりたいと思いはじめていることと関係があると考えている。

即興演奏ではなくて、再現可能なものを作るためにはある程度の管理能力がいる。作ったものを、明日以降の俺が演奏するわけなので、あと先を考える必要がある。そのことにあんまりストレスを感じていない。ミュージシャンの端くれとしては、これができるようになってきたことはいいことだと思う。

そういえば刹那主義という言葉があるけど、そういえばわざわざ「主義」と謳っている時点で、そいつはもうちょっと無理をしている。刹那的に生きる人間は、少なくとも社会的にはちょっとイカれていないと成り立たない。社会にちゃんと適合できないことをわざわざ主義にするのは変な話だなあ、みたいなことを思っている、そんな日。

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