いい音。
イヤホンのケーブルを買った話。
数週間前にBluetoothイヤホンの片方を失くしてから、前から持っているSHUREのちょっといい有線イヤホンをメインで使っている。
音がいいので、有線はちょっと煩わしいけど、これのおかげで音楽を聴くことが楽しくなりはじめていた。
ただ、右側の音が途切れることがあった。このイヤホンはケーブルをイヤホン部分から取り外して交換することができるタイプで、ケーブルのカスタムが可能だ。
過去に一回交換して、純正のものから中華製の、でもレビューはいい感じの安いものを使っていて、それがダメになった。この度、せっかくなので純正に戻してみようということになった。
ケーブルによってある程度音質に変化があるだろうろは思っていたけど、それでもまぁ聴き比べてわかるかわからないかくらいのものだろうと、勝手にそう思っていた。こんな機会もなかなかないし、いちおう聴き比べみるかと、まずは古いケーブルで聴いて、すぐに挿し変えて新しいケーブルで同じ曲を聴いてみたら、小さく「え?」と言ってしまうくらい音がよくなっていた。音に太さが明らかにちがう。俺はケーブルを侮っていた。
これでますます音楽を聴くことが楽しくなってしまった。もうぜったいに安いBluetoothイヤホンには戻れない。便利さを上回る楽しさがある。
そもそもいい音で音楽を聴きたいという欲求は、人間にデフォルトで備わっている機能なのだろうか。
「いい音」という、抽象的だけどある程度数値化できそうな定義みたいなもにがあると思う。ということは、いい音はこれまでの音響の歴史の中で科学されたものだということになるか。
「いい音」を聴いたときに、一発目に出てくる言語はたぶん「気持ちいい」だと思う。「いい音」は結果的に「気持ちいい音」だとすれば、「いい音」を出すために一所懸命設計されたイヤホンは、その結晶だということになる。俺の耳は、SHUREの手中に今ある。
今日のMUSICTRICAL
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