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Reihen / Arovane

朝、外の空気、タバコとこれの組み合わせ。これはちょっと飛べるぞ。

美しい音や、よくわからない何かしらの音の連続で、あきらかに自分の状態が変化する。心地よいと言いたいけど、ただそれだけではない。

役に立つという観点で音楽を聴くことはあんまりすきじゃない。泣けるとか、踊れるとか、そういう最終的な自分の状態を狙って聴くようなこと。そのつもりで聴いてしまうこともあるけど、もうちょっと余白をあけていたい。

今日はもともと別の音楽を聴いて、そのことを書くつもりだった。その音楽のことは大好きで、自分なりに言語化したかったけど、なんとなく安っぽくなりそうだったので、逃げ道のようにこっちに切り替えた。どこか書くために聴いていたのだと思う。そのことが嫌になってしまったので、ライブラリの中の近くにあった Arovane をセレクトしなおした。

Arovane はドイツのミュージシャンらしい。どうやって見つけて、ライブラリに追加したのかも憶えていないけど、そんなある種の偶然が俺の朝の時間をひとつ変化させて、今に至る。

アンビエントミュージックは、目の前の景色の様子を底の方から変色させるものだとして、彩りを与えるけど、たとえば目を瞑っていても景色を連想させたりもする。ちょっと強引に考えると、作曲者が見たものや思い描いたイメージを共有させているようなものだとすれば、俺は今音楽を聴くことで世界のどこかにいる誰かと世界を同期させていることになるかもしれない。それは役立てることなんかじゃ収まらない。はっきりと音楽の力を思い知ることになる。

この音楽自体に言語はない。ふんだんに設けられた隙間に、俺の言語を当てはめていくことがたいへんやりやすい。そのわりに、明確にこの音楽を語ることはできないので、解釈の幅が無限に広がる。

音は、それだけで世界そのものになりえる。元祖メタバース。現実世界と今自分が体験している音楽を通したあとの世界が、絶妙な位置で接続されて、聴き終わったあとにまだその様相を保つので、大げさかもしれないけど、俺の今日一日は、Arovane のおかげでひとつ違ったものになる。

おもしろいもので、同じようなジャンルのものでもそうさせてくれるものと、そうでないものがはっきりとある。少なくとも、作用を考慮せず、作者の意識とイメージの強さがそうさせていることだけがわかる。誰かの世界に同期させる方法は、それを極限まで強く注ぐことしかない。役になんて立たなくていい。エグくていい。美しいなぁと感じる。人間が音を作っているのだから。

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