音は俺の意見。
ちょこちょこ進めてきた自分の歌もの企画を、少しずつ形にしはじめている。普段、即興的な音楽ばかりをやっているので、曲を固めていくという作業がものすごく新鮮、あと手こずってもいる。
正しい手順を決めて、それに沿って演奏しながら歌う。ピッチやタイミングがズレないように一所懸命やる。試しにそれを録音してみて、聴いてみる。悪くない。悪くはないけど、なんとなく硬い。正しくやろうとしすぎているというか、たぶんまだ俺自身に馴染んでいない。
このままだとおもしろくならないなあ、なんてことを考えながらわざと崩し気味にやってみるか、なんてことを考えてもみるけど、いまいちしっくりこない。ああでもないこうでもないと、行ったり来たりを繰り返したあと、息抜きがてら好きなバンドのライブの動画を観た。とても自然体で、既成の曲にも関わらずまるでジャムセッションをしているように感じた。
そうだ、この人たちは「曲」というルールを置いた状態で即興演奏をしているのだと気付いた。もちろんうまくやらなければならないことに変わりはないけど、ルールの置き方が絶妙にうまいのだ。
練習とは、正しい手順で正しく表現できるようにすることだと、心のどこかで考えている。たぶんこどもの頃から、大人にそう教わってきたんだろう。それはある種の正解ではある。日本人らしさと言ってもいいかもしれない。だけど、どうして日本のバンドライブに対しての最上級の褒め言葉の多くが「CDと一緒!」だったのか。海外のバンドのライブで「CDとぜんぜんちがうけど、なにこれすげえ」いう瞬間をたびたび目の当たりにしてきた。根本的なルールの置き方がずいぶんと影響している気がする。
そういえば俺たちはずっと自分の意見を言うことが苦手だった。ステージで出す音が、楽曲を構成するひとつの音であるのか、俺の意見なのかで、たぶん爆発のしかたが変わる。どっちがいいかどうかは別として、俺が目の当たりにしてきた忘れられない景色は、後者によって構築されているものなのだと思う。
そうありたい。そのために、今日まで散々やってきた即興演奏の感覚はぜったいに活きる。そのうえで、ちゃんまじめに練習をする。それがいいように思う。
今日のMUSICTRICAL
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