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【読書レポ 論文編】 かわいいアイテムを着せる欲望
1.着ぐるみは怖い?
聞いた話ですが、長年人形研究をしている方は、着ぐるみのように人間より大きなものが恐怖でなくかわいいものとして登場することが理解できないと言ったそうです。つまり可愛い人形とは、小さいことが当たり前でそれが魅力だったはずということです。
しかしながら今回共有する論文によると、かわいいの構造を見ていくと大きさの問題よりも違う問題が浮き上がりました。
共有する論文:『「かわいい」の構造』
2.「かわいい」は足し算
海外でもkawaiiと表現される「かわいい」は、単純に小さきものや幼いものに対してに留まりません。時には、成人男性に対しても「かわいい」と表現されます。代表的な例が「乙男(オトメン)」でしょう。これらから見られるものは、未成熟さの引き伸ばし、あるいは成熟の拒否です。
日本語は、子ども目線を大切にする表現が特徴です。例えば、父親が子どもに向かって自分のことを「お父さん」と呼ぶ光景はよくあるものです。しかしながら英語にはこのような表現はありません。「お父さんとお母さんは夫婦」という表現は、子どもに向かって話すということを知らなければ、奇妙な表現です。このような文化を土台に「かわいい」は作られたのではないかと考えられます。
この上で衣服に注目して、この未成熟さとかわいいの問題を考えます。篠原(2012)は、衣服にくるまれた存在は未成熟性を持ち続けると以下のように記述します。
人は、まずくるまれるという根源的受動性とともに世界に登場し、衣服内存在であるかぎり、この根源的受動性を引きずりつづけるのである。いいかえるなら、衣服内存在とは、その内奥に未成熟であるほかないものを持ちつづけるのだ。 p.6
古賀(2009)は、飾り付けること(デコる)ことであらゆるものはかわいくされると指摘しました。篠原は、この指摘に注目して、人形は、彫刻と異なり飾りをつけたいという欲望を喚起するとし以下のように記述します。
人形は、着せられるものであるほかないというその根源的受動性によって、人間の衣服内存在の原点を映し出しもする。その原点に位置するのは、幼く弱々しいもの、守ってあげるしかない命だろう。だからこそ、人形には小さな命を守ることへの祈り、また失われた小さな命を悼む気持ちが託されてきたのである。
ハローキティは、「着せられる」と「着せる」との重奏が過剰なまでの増殖を続けてきたという「かわいい」記念碑にほかならない。その意味で、人形的なもののひとつの象徴ともいえるだろう。p.10
そして未成熟なものが着せられることを出発として、さらに飾られ、着せられることで「かわいい」は増幅していくと以下のように結論つけました。
この構造から導き出されるのは、「かわいい」とは、大きさの問題でもなければ、形の問題でもないということだ。といって言いすぎだとすれば、大きさにせよ、形にせよ、少なくとも第一義的な問題ではない。「着る」-「着せる」-「飾る」という系列への関連や広がりがあれば、「かわいい」のである。p.11
3.着ぐるみを着るキャラクターたち
着せられることに「かわいい」の構造はあるとするならば、着ぐるみを着たキャラクターは多数存在することが分かります。仕事を全部選んでいるというキティちゃんも、他キャラクターとコラボした姿は、ほとんど他キャラクターの着ぐるみを着てメイクをしているように見えます。また『ポケットモンスター』に登場する「ミミッキュ」のようにピカチュウと似た姿をするため布をまとっていますが、その内に隠されたミミッキュの真の姿は謎のままという設定も、上記の指摘に通じるものがあると思います。
そして着せられる前のキャラクターの姿は、非常に記号的でシンプルで無表情です。このピュアな姿は、やはり赤ちゃんのようだとも思います。未熟なものがかわいいというよりは、シンプルだからこそ何か着せてあげたい、手を加えたい―実際に着飾るかは置いておいて―というわたしたちの欲望が「かわいい」と言わせているのかもしれません。
たとえば、ネコの着ぐるみを着たリラックマも分解すると、クマの着ぐるみがさらにネコの着ぐるみを着ているというややこしい構図になっているだけでなく、結局何が本質なのかわからない状態です。また、そんなリラックマになりきれるアイテムを身に着けてかわいくなろうとする光景もあります。「かわいい」は、根源的存在を増幅、拡大することで実現できるものなのです。
参考・参照文献:篠原資明 2012 「「かわいい」の構造」『あいだ/生成』あいだ哲学会(京都大学大学院人間・環境学研究科篠原資明研究室) pp.1-11
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ミミッキュのような、幾重にも覆われたものの本質こそ実は未熟な存在であるというお話
— yoon-a (@ka92chan) April 19, 2019
【読書レポ 論文編】 かわいいアイテムを着せる欲望|Yoon-A@キャラクター文化社会研究 @ka92chan|note(ノート) https://t.co/rjWng5oq8r
ちなみに本文中で登場した古賀(2009)『「かわいい」の帝国』は以下の記事で一部内容を共有してます。
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