じいちゃんはお茶目な嘘をつく
今年で93歳になる祖父は、たいへん茶目っけに溢れておりまして、孫である私はおろか、長年連れ添う祖母さえまんまと術中に嵌まる、それはウィットに富んだウソをつくのです。
それもジョークではなく、ウソ、なのです。
例えば去年にこんなことがありました。
母方の実家である長野に帰省すると、陽気が穏やかであれば祖父母と共に戸隠神社へと参拝に赴くのが我が家の恒例行事なのですが、砂利敷きの参道を持ち前の健脚で歩いていた祖父が、急にふと足を止めたのです。
参道の脇をちょろちょろと流れるせせらぎのほうを、じっと興味深そうに覗き込んでいたかと思えば、人差し指を向け、
「お、こんなところにモリアオガエルの卵があるぞ」
と言うのです。
母と私と弟は、「え、何それ! どれどれ?」と祖父が指差した辺りを覗き込みます。
しかし何もないのです。透き通った水面の底を探っても、そこに軒のように覆い被さる葉っぱに付着しているモノでもあるのかと目を凝らしても、何もないのです。
「ねえ、じいちゃん、卵ってどれのこと?」
尋ねてみると、私たち3人をその場に釘付けにしておきながら、悠々と先へ進んでいた祖父が振り返り、
「え? オラそんなこと言った?」
と、すっとぼけるのです。
そこに至ってようやく我々は、オイまたやられたよと気づくのです。
ここですごいのは、ただ「カエルの卵」と言うのではなく、「モリアオガエル」というなんだかそれっぽいワードを自然にさりげなくぶっ込んでくるところです。
祖父は博識で、まーたそんなウソついてぇ〜と調べてみたところ真実の知識だったということも普通に多く、それもあって我々家族一行はたいていまんまと祖父の術に引っかかってしまうのです。
実際モリアオガエルという種類の蛙を私は知りませんでしたが、調べてみたら本当にいました。しかも蛙にしては珍しく水中ではなく草木に産卵する種類だという記載もあったので、もし仮に私がモリアオガエルの知識をなんとなく齧っていたとしても、この祖父のウソを咄嗟に見抜くことはできなかったでしょう。
なんとしょうもない、見事なウソでしょうか。
誰も得をしない。損もしない。
悪意も善意もない。
こういったウソをほいほい提供できる祖父はただ偉大だと思うのです。