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2022.3.12のこと。

昨日の夜、看護師さんのエンゼルケアに付き添いました。そのお話。

昨日の20:50、たつ子さんが薨ったと訪問医から会社に連絡がありました。
薨ったは「みまかった」と読みます。昨日初めてこの漢字を知りました。

わたしは訪問看護ステーションでリハビリをしている理学療法士です。

たつ子さんとは入社して以来5年半ほど、週に2〜3回リハビリをしていました。
笑いヨガをしているので、当時は「笑うリハビリ」として、よく笑い、陽気なリハビリ、元気になるリハビリをモットーに一生懸命やっていました。

はじめは、手をつないで廊下を歩行したり、腕をよく動かしたり、深呼吸したり、下肢の筋トレをしたり、歌を歌ったり。地元の民謡をよく歌ってくれました。たつ子さんの肩揉みが気持ちがいいと娘さんに聞いてからは、握力の確認をかねて、わたしの肩を揉んでもらっていました。気持ちよかった〜。
年々、身体は弱っていきました。立位保持が数秒しかできなくなってからは、娘さんの介助ではトイレでの排泄が難しくなり、おむつになりました。それでも、たつ子さんが元気な時は娘さんがトイレまで連れて行っていました。

リハビリが始まった時から、昼夜逆転していました。当時は娘さんが2人いました。2人姉妹で協力して介護をしていました。3年前に妹さんがくも膜下出血で急に亡くなりました。それからは、お姉さんの娘さんが1人で介護。娘さんはまとまった睡眠時間が取れず、めまいがします、と言いながらもたつ子さんのお世話を毎日していました。
たつ子さんは、ベッド中心の生活になってからは、テンションに高い日と低い日がありました。10日おきにテンションが高い日が2,3日あって、その後は1日中眠る日が3日あるような、わたしたちの24時間はたつ子さんにとっては72時間くらいで、これがたつ子さんの生活リズムなんでしょうねぇ、と心配する娘さんに話したことがあります。
娘さんは「わたしは母に怒られたことがないんです。いつもにこにこしていて、わたしたち子どもを応援してくれて、自分の親も最後まで面倒見てました。だから、わたしは母を最後までみたいんです」と言っていました。

たつ子さんが亡くなる3日前、わたしはリハビリで訪問してました。
「今日は少しテンションが高いんですよ、朝もすこーしメイバランスを飲みました。薬も飲めましたー!」
と、娘さんが嬉しそうに話してくれました。

わたし「たつ子さーん、おはようございまーす」
たつ子さん「おはようございまーす」
わたし「お腹空いていませんか〜」
たつ子さん「空いていまーす」

毎回ほぼこのパターンでリハビリは始まります。
「元気ですかー?」だったり
「喉乾いてませんかー?」だったりします。
いつもたつ子さんは、にっこりしてわたしとお話ししてくれました。
歩いていた頃から、いつもいつも同じやりとりをして、2人でよく笑っていたからか、ベッドでうつらうつらしているとき声をかけても、最初の頃と変わらない笑顔を見せてくれました。

その日はお腹が空いていますとのことだったので、娘さんはうれしそうにメイバランスにプロテインを混ぜ、横飲みで飲ませていました。わたしは顎が上がらないように頭を支えていました。30分で85mlのメイバランスを飲みました。

ここ数日、むせるようになったとのこと。その日も3回むせて、小さな咳をしていました。


入浴のために、週2回利用していたデイサービスは来週から週1回になったと、土曜日の午後に連絡がありました。ゆっくりゆっくりそのときが近づいている感じがしていました。次に終了するのは、リハビリだなあと思っていました。寂しいなあと思っていました。


その夜、たつ子さんは静かに息を引き取りました。
同期の看護師から
「今からエンゼル行くよ」と連絡が来ました。
「一緒に行っていい?」と聞くと
「もちろん!娘さん喜ぶよ」ということで、たつ子さんの家に向かいました。
道中、藤井風の「帰ろう」を聞いていました。悲しみが込み上げてきて、少し泣きました。

たつ子さんのお家では、娘さんがにこにこして、てきぱき動いていました。
次々と親戚が集まってきました。


わたしは、看護師さんと一緒に体を拭いたり、着物を着せたりしました。背中の肌がとてもきれいで、娘さんの介護の賜物だと思いました。
お化粧は、わたしがしました。元気な頃のピンクの頬を再現したら、いつものかわいいたつ子さんになりました。

親戚の方々もに、きれいにしていただいてありがとうございます、とチークをほめられました。メイクは下手くそなわたしがメイクでほめられるとは…。

1時間ほどいて、帰りました。

大好きなたつ子さんのエンゼルケアをさせてもらって、たくさんのメッセージをもらいました。
先週まで仕事を辞めたくて辞めたくて、でもたつ子さんのリハビリは最後までやりたかった。だから、看護師さんに「たつ子さんが亡くなったら、わたしは仕事やめる!」と言っていました。

でも、たつ子さんから「辞めないでね」というメッセージを受け取った気がしました。

たつ子さんとの日々は、笑って歌って愉快でした。いつも優しくて、にこにこしていて「元気です」と言うたつ子さん。

今のわたしは、仕事への取り組み方が美しくなかったと思います。ここ最近のもやつきは、そのせい。それがたつ子さんのおかげで、浄化された気がします。

美しくありたい、たつ子さんの生き方のように。
たつ子さん、ありがとうございました。

今日は、自分への備忘録として書きました。

では、また

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