かの子の食卓18 『川』
川魚は、みな揃つて小指ほどの大きさで可愛ゆかつた。とつぷりと背から腹へ塗られた紺のぼかしの上に華奢な鱗の目が毛彫りのやうに刻まれて、銀色の腹にうす紅がさしてゐた。生れ立ての赤子の掌を寵愛せずにはゐられないやうな、女の本能のプチー(小さくて可愛いゝ )なものに牽かるゝ母性愛的愛慾がかの女の青春を飛び越して、食慾に化してかの女を前へ推しやつた。少しも肉感を逆立てない、品のいゝ肌質のこまかい滋味が、かの女の舌の偏執の扉を開いた。川海苔を細かく忍ばしてある。生醤油の焦げた匂ひも錆びて凛々しかつた。串の生竹も匂つた。
「男の癖に、直助どうして、こんなお料理知つてんの。」
岡本かの子『川』
えあ草子・青空図書館 青空文庫
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