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掌篇小説|浜辺にて
大伯父のお葬式にNが来ていて、どうしてだか解らないけれど、ちょっとびっくりした。彼にとっては祖父なのだから、驚く理由はないのに。だけど多分、あのひとは、あたしたちと同じ地面に降りたりしないんだろうと、漠然と考えていたのだと思う。
皆が火葬場に向かう準備を始めた頃合いを見計らって、裏口からこっそり抜け出し、海岸まで歩いた。日差しが強くて、汗ばむほど。防波堤に坐り、十月の海を眺める。大伯父が亡くなっても、あんまり悲しくない。幼い時に、お家に遊びに行った程度だし。物憂い波の音を聴きながら、感傷に浸ることも出来ず、中途半端な気分でぼんやりしていたら、Nの声がした。
「一人で逃げ出して、ズルい」
振り返ると、こちらに向かって歩いて来る彼の姿が見えた。明らかにブラックフォーマルではない黒いシャツと、黒のボンデッジパンツ。背があまり高くなくて、童顔だから、子どもの頃とほとんど同じ印象だ。彼は大学の助教になりたての映像作家で、検索をしたら、インタビューや掲載雑誌とかイベントの動向が、少しはヒットするくらいの有名人なのだ。
「責められても」と、あたしは答え「いくらなんでも、お葬式にボンデッジパンツはマズくないスか。正座するのに、ベルトとか邪魔そうだし」
「祖父さん家に集合ってだけ聞いてて、まさか自宅でお葬式をするとは思わなかった」
「確かに。今時ねえ」
「せっかくだし、浜辺を散歩しようよ。砂の上を歩きたい。ヒールだから、歩きづらいかな」
「全然ローなので、大丈夫です」
Nが先に階段を降り、波打ち際を歩いた。彼はあたしの歩調にあわせ、時々振り向いたり、後ろ歩きをする。パンプスの踵が砂に突き刺ささる。ストッキングを穿いていなければ、裸足になれるのに。
「仕事、何やってるの?」彼が尋ねる。
「飲食関係って云うか、ウェイトレス」と、あたしは勤め先のチェーン店の名前をつけ足す。
ああ、あそこのサンドイッチ、美味しいよね。ファラフェルもあるし、と彼はすぐに反応し「ヴィーガンの先駆けの会社だよね。本社はロンドンだっけ? 英語で、本社とミーティングしたりするの?」
「そんな偉いひとじゃないス」
彼に仕事の様子を訊こうとして、あたしは口ごもる。有名人だから、詮索したがってるみたいで。気を回しすぎなんだろうけれど。でも、上っ面の社交辞令じゃない、素直な気持を言葉にしてお喋りするのって、いざとなると難しい。沈黙の気まずさを、波の音に救われる。
Nの存在を強く意識したとたん、一重まぶたの大きな瞳が可愛らしい、優しいお兄さんだった彼に、子どもの頃のあたしが恋をしていたことを、やっと思い出した。
彼は立ちどまり、身をかがめて、砂浜の上の何かを拾いあげた。あたしも彼の真似をして、腕を伸ばし指で波に触れる。柔らかな泡沫は、触れるなり指先から逃れ、温度すら感じられない。
「シーグラスかと思ったら、石英っぽい」と、彼はこちらに近よって、拾った小石を差し出した。
アーモンドチョコレートくらいの石は、灰色がかった砂岩の三分の一ほどが、半透明の菫色に結晶している。
Nは俯いて、あたしの手のひらに載せた石を見つめながら、
「この色、アメジストかな」と云った。
あたしは、近すぎる距離が気になって、もう、彼の顔を見ることも出来なくなっていた。
〈 了 〉
書きあぐねている小説(すごく短いのに)の鬱屈と、数日前から頭の中でリピートする、戸川京子ちゃんの『19+5(ジュークプラスゴ)』、そこに、alohaさんの俳句が合わさって、もやもや思い浮かんだシーンを書きました。何か吐き出したかっただけで、ストーリーもないし、何が言いたいのかも分からない仕上がりなのですが。
alohaさん、ありがとうございました。
戸川京子『19+5』
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