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中3のとき声優のラジオを聴いてたんだけど

初めて声優のラジオを聞きたのは、中学三年の夏だった。声優のラジオを聞く発端となったのは、クラスのイケてない女子から声優のラジオを聴いているという会話を盗み聞きしたからだ。

「なーにが声優のラジオじゃ」

正直、最初はそう思っていた。この時僕は、まさか自分があんなに好きになるとは思いもしなかった。

しかし、なにもすんなり声優のラジオを聴きはじめたわけでない。受験勉強初期の頃は芸人のラジオを聴いていた。
ところが、芸人のラジオとぼくの受験勉強の相性は悪かった。なんせ芸人のラジオは面白い。いちいちトークに聞き入ってしまう。
少ない集中力があっという間にゼロになる。気がつけば「もし、おれがハガキ職人になるならラジオネームは『でかい玉を持つ男』だな」とか考えてしまう。

これはあるあるだと思うが、芸人のラジオを聴いていると、どうにか下ネタを入れつつも、ひねりを効かせたラジオネームを考えるという作業に没頭してしまうのだ。
深夜ラジオで有名なハガキ職人になり、同じラジオを聴いているイケてる女子に「え、あのハガキ職人あんたなん?」とか言われて、その後なんやかんやで付き合うこのとになる。という所まで妄想してしまう。間違いなくあるあるだ。

しかし、五教科の平均点が二〇〇点前後の僕でも、これはいかん、と思った。ぼくは受験生だ、人生で一番大切な時期に、下ネタを入れつつもひねりの効いたラジオネームを考えている暇はない。
不安に押しつぶされそうになり、頭を抱えて机に突っ伏して泣いていると、クラスのイケてない女子の会話を思い出した。

(声優のラジオってぇ、なんかぁ、面白いよねぇ〜。キャッキャドゥフフ)

クラスでだいぶイケてない女子が、あんなにも楽しそうに話すなんて、よほど楽しいのだろう。イケてない女子が顔をしわくちゃにしながら、唾液をバンバンとばして話す光景が脳裏に浮かんで、ぼくは顔を歪めた。

本当は声優のラジオなんて望んじゃいない。貴重な青春時代に、声優のラジオがぼくの中に割り込むスキなんて一ミリも無かった。でも芸人のラジオを聴いていたら、未来が見えない。永遠にひねりの効いたラジオネームを考え続けるだけだ。

これも青春の一ページ、真夏の大冒険、若気の至り、イケてない女子の気持ちも理解できる男がモテるだろう。そう思って、ラジオのチューニングを文化放送に合わせた。

───こうしてぼくは、声優のラジオにたどり着いた。

大げさに言っちゃって、本当はアニメ大好き人間なんでしょ?

なんて思われるかもしれない、しかし、ぼくのアニメ好きはごく一般的水準を保ったものだった。デジモンとかモンスターファームとか、基本的に夕方のか日曜日にやってるやつしか観てなかったし。まじで本当に、あとはラブひなくらいだし。まじだし。

アニメはそんなに見ないけど、それでも声優のラジオが好きになった。声優のラジオには、そういった人を引きつけるダイソンみたいな吸引力がある。

僕がよく聴いていたのが日曜深夜帯の文化放送、この時間帯はそういう決まりなのか絶対に声優がラジオをやっている。三〇分枠のラジオが連続で二時間くらいやっていたと思う。だからこればかり聴いていた。
もしかしたら他の時間帯や、放送局でも声優がラジオをやっていたかもしれない。しかし、ぼくはイケてない女子からの情報以外知らない。今みたいに片手間に情報を得られる時代では無かったので、クラスでの会話が世界のすべてみたいなものだった。

半信半疑で聴き始めたのだが、すぐに声優のラジオから発せされる魔力に飲み込まれた。つまらない受験勉強のオアシスとして、毎週末の楽しみになっていた。
遊び疲れた日曜日、もう今日はこのまま寝ようかな。そんなとき、ラジカセのスピーカーから流れる声優のラジオは、ぼくの気持ちをリセットしてくれた。声優のラジオを聴くだけで、不思議とやる気が湧いてくるのだ。

しかし、ハッピータイムは永遠には続かない。この声優のラジオが終わるとスジャータのコマーシャルが入り、文化放送は放送休止になる。

「スジャータ♪スジャータ♪スジャータが午前零時をお知らせします。ピッピッピ、ピーーー」というものだ。

放送が終わると、ラジカセのスピーカーから無機質なノイズが聞こえてくる。ほんの数分前までの、楽しかった時間を奪い去っていくように。ドリパー。

さらに、翌日からはまた1週間学校が始まる。世間は日曜の一八時にサザエさんシンドロームを迎えるが、僕は日曜深夜に声優のラジオシンドロームだった。

しばらくすると、声優のラジオを聞きながらじゃないとやる気が出ない状態なってしまった。そのため、日曜の深夜以外はほぼ勉強をしていなかった。

しかし、ぼくは仮にも受験生、少ない脳みそで必死に考えた。学校から帰宅しおやつを食べ、プレステで遊び、晩ごはん、お風呂に入りつつそのスキマ時間で考えた。

「カセットに録音すればいいじゃない」

録音して、好きなときに聴けばいいのだ。こんな単純なことに気づかなかったのは、ラジオをカセットに録音するという概念が僕にはなかったからだ。カセットにはTSUTAYAで借りてきたCDを録音するものだ、という固定概念がビッタビタにあった。この固定概念を打ち壊してくれたのも、声優のラジオを聴いていたからこそとも言える。たぶん。

次の日曜日、さっそく声優のラジオをふたつ録音した。その日、スジャータが文化放送の休止を告げたが、まったく悲しくない。なぜなら手元のカセットには声優のラジオが録音されているからだ。夢と希望をぎっちぎちに詰め込んだカセットテープが、ぼくの手元にある。ぼくは叫び出したい気持ちを必死に抑えて、ゆっくり小躍りした。深夜だから。

翌日から、声優のラジオを聴きながら勉強をした。二時間くらい勉強するとして、同じラジオ番組を毎日二回ずつ聴くことになるのだが、これが全然飽きない。全く飽きない。
週に一度、日曜日の深夜にひっそりと聴いていたものが、毎日聴けるというだけで最高だった。毎日が日曜日、毎日がスペシャルだった。

そんな声優のラジオ生活もしばらく続いた頃、少しだけ欲が出た。

「学校で声優のラジオを聴いてみたい」

スリルを求める年頃だったのだろう。エロ本をかばんに忍ばせて登校するように、びしょびしょに濡れたエロ本のページを破らずに開くように、エロ本の自販機に何食わぬ顔でワンタッチするように。一五歳、あの頃のぼくはスリルを求めずにはいられない年頃だった。

ところが、ここで問題が発生した。ぼくはラジカセしか持っていかったのだ。平成の中頃の話なので、ラジカセのサイズは昔に比べるとだいぶ小さくなっている。しかし、小さいといっても大きめの小玉スイカくらいはある。
学校指定のバッグに、大きめの小玉スイカを忍ばせていたら、まちがいなくモッコリバックになってしまう。どんなに勉強熱心な生徒でも、文房具をたらふく詰め込んでも、バッグはモッコリしない。モッコリバッグはぼくの中学には存在しないのだ。

なにかいい案はないか。声優のラジオを学校で聴くために、必死になって調べた。

独自の調査を行った結果、ウォークマンというものを知った。恥ずかしながら中学三年のぼくは音楽に興味が無く、その音楽を持ち歩くというおしゃまな世界とは程遠かった。猿岩石の白い雲のようにを、なんとなく世間に流されて買ったくらいで、TSUTAYAで借りてくるものといえば、ドラゴンボールのサントラばかりだった。なので、ウォークマンという最新機器を全く知らなかった。

ああ、いますぐにウォークマンが欲しい。声優のラジオを聴くためだけに、ウォークマンが欲しい。

けどそんなお金はは無い。仕方がないので兄貴の部屋に侵入した。そこで発見したのが、無造作に捨て置かれたウォークマンだった。

後に知ることになるのだか、ぼくの兄貴は、声優専門の雑誌「声優グランプリ」を愛読している漢だったのだ。ウォークマンが声優グランプリに関係してるかどうかは知らないけど。

とにかく兄貴の部屋でウォークマンを見つけた。運命のウォークマンはあいわaiwaという謎のメーカーだった。情報によればウォークマンはSONYらしいとのことだったがこの際メーカーなんてどうでもいい、音質なんてどうでもいい。ただ、声優のラジオが学校で聴ければそれで良かった。ぼくは兄貴に確認することなく、aiwaのウォークマンを鷲掴みにしてとんずらした。

さて準備は整った。ぼくは学校で声優のラジオを聴くために、さっそくシュミレーションを行った。
作戦としては、バッグに忍ばせたウォークマンのイヤホンを外側に向けて固定し、音量を最小にする、そこに耳を当ててバッグ越しでラジオを聴くというものだった。ウォークマンは、自宅にあったaiwaという謎の激安メーカーの物を使用することにした。

ちなみにこの完璧な作戦は、ぼくが思いついたものではない。声優のラジオに投稿されたリスナーの情報から知ったものだ。この同志は、以前からこの作戦で大好きな声優のラジオを学校で聴いていたようだった。
声優のラジオを聴いていなければ知ることができなかった情報だ。そもそも声優のラジオを聴いていなければ、学校でラジオを聴こうなんぞ思いもしなかったのだが。まあ、そんな無粋なことは言わないでくれ。

翌日、さっそく実行した。1時間目の休み時間、おもむろにバッグを机の上に置く。「ねみー」とか言いながら、寝るフリをしてイヤホンをセットした部分に耳を当てる。バッグの中に手を入れて、ウォークマンの再生ボタンを手探りで押す。

教室という現実と、声優のラジオという夢が混ざりあった瞬間だった。

なんとも言えない感情が鼓膜から脳へ、脳から全身へと駆け巡る。鳥肌なのか身震いなのか、自分が今どんな状態なのかわからない。無意識にニヤつきそうになる口元を必死になってこらえていたので、おそらく、薬師丸ひろ子のモノマネをしているように見えたであろう。

おれは確実に興奮している、エロ本とは違った興奮がここにはあった。

声優のラジオを今、学校の教室で聴いている。あのキャピキャピワイワイを今、いつもの教室で聴いているのだ。

それから毎日、ぼくは薬師丸ひろ子になった。
学校へ行くのも、自宅で勉強をするのも全く苦じゃない。声優のラジオが手元にあるだけで、ぼくの生活は一変したのだ。

しかし、楽しい毎日を送っていたある日、薬師丸ひろ子に事件が起きた。
夕日の差し込む教室。生徒の数もまばらになった放課後、ちょっとだけ声優のラジオを感じてから帰ろうとバッグに耳を当てていた。イヤホンから聞こえてきたのは、ラジオドラマの中で主人公がクラスメイトの女子に告白されるシーンだった。

ぼくの視界の中で、声優の可愛いセリフと、イケてない女子の姿が重なった。重なってしまった。

その瞬間、全身に衝撃が走った。

恋愛にうとい自分でも、そう思ってしまうくらいの衝撃があった。普段イケてないなと思っていた女子が、今はブサカワに見える。

「もしかしてこれが恋?」

これが恋のパワー。
すごいぞ恋。
すごいぞ声優のラジオ。

これは運命か、はたまた偶然か、気がつくと教室にはぼくとブサカワの二人りきりだった。

完全に運命だ。
こうなるようになってんだ。
ぼくはこの日のために声優のラジオを聴いていたんだ。

そう、全てはこの瞬間のために物事が進んでいたんだ。あのとき、イケてない女子(現ブサカワ)の会話を盗み聞きしたのも、偶然ではなかったのだ。そうに違いない。もうぼくはブサカワから目が離せなくなっていた。

僕はいても立ってもいられなくなり、声をかけようと立ち上がった。
耳から声優のラジオが離れ消えていく。

───同時にブサカワへの魔法もパッと消えた。

立ち尽くすぼく、突然立ち上がったぼくを見て怯えるブス。あらためて声優のラジオの凄さを知った。ブスとぼくは、オレンジ色に染まっていた。

その後、ブスとの進展は一切無い。むしろ反動で嫌いになった。一度だけ掃除の時間に「ちゃんと掃除してよ」と言われてムカついた。

それから一年もしないうちに、声優のラジオは聴かなくなった。受験勉強というかけがえのない、青い時間がぼくに魔法をかけていたのかもしれない。今でもときおり、日曜深夜になると文化放送を聴いてみたくなる。しかしその度、僕はこう思う。

「なーにが声優のラジオじゃ」

ちなみに、十五年後の同窓会でブスに再会し、それがきっかけで結婚したなんていう展開は無い。

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