#0196【信念に生きた理想の兄弟(伯夷・叔斉、中国)】
1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。
今週は中国の史記から壮絶な人生を歩んだ人物を紹介していきたいと思います。
最初は、伯夷(はくい)と叔斉(しゅくせい)の二人の兄弟を取り上げます。
この二人の兄弟は理想的な兄弟として、中国史記だけでなく論語や儒教の世界で取り上げられています。
彼らはまず、兄弟で王位を譲り合うという姿を見せます。
父親は、長男の伯夷よりも三男坊の叔斉をとても愛しており、長幼の序を乱してでも叔斉に王位を継がせようと考えていました。
ちなみに中国には「伯仲叔季」という言葉があり、伯は長男、仲は次男、叔が三男、季が末っ子を意味します。
(季を「すえ」と訓読みするのは、ここから来ています。)
また、ここから実力伯仲という言葉が出てきます。
さらに、伯父・叔父も正しくは、父の年長にあたる場合は「伯父」で、年少に当たる場合は「叔父」と記すのが正しいです。
本筋に戻ります。
父の死後、父の意図を知っていた伯夷は弟に王位を譲ろうとします。しかし、叔斉は兄を立てて王位を受け取ろうとせず、二人とも国を投げ捨ててしまいます。
仕方なしに国の人々は次男に王位に就いてもらいました。
国よりも理念を大事にする二人の姿が理想的な兄弟像として描かれているのです。
これは、組織の和を重んじる日本的感覚からすると少し違和感を覚えるかもしれません。
この二人はさらに、暴君として名高い殷の紂王(ちゅうおう)を打倒して革命を起こそうと考えていた周の武王を止めに入ります。
いくら暴君であっても王を武力で打倒することは反逆であると諫めます。
しかし、武王は紂王を「牧野(ぼくや)の戦い」で打ち破り、殷王朝を滅ぼして周王朝を樹立させます。
伯夷と叔斉は周のものを口に入れることすら拒んで抗議します。
山に生えるワラビを取って食べるだけの生活をし、最後に二人は餓死して死去します。
周の武王から俸禄や食料をもらうことを潔しとしなかった。
自分たちの理想・理念にどこまでも忠実だった二人の兄弟。
この姿が儒教の世界で理想的だとされる理由は、逆にこういった筋を通す人が少なかったからなのかもしれません。
以上、本日の歴史小話でした!
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