壁の向こうとこっち側。別世界でのそれぞれの戦い
この間の三連休、お隣の家から聞こえてきたお兄ちゃんの楽しそうな声に、ふと思い出した我が家の出来事。
*
ある晩、トモ郎(3才)が私を呼ぶ声で飛び起きた。
爆睡していた私は、ただ事ではない様子に驚いて、四つん這いになって慌ててトモ郎を探したけれど、布団の膨らみを手のひらで押してみても、辺りを見渡してみても、どこにも姿が見当たらなくて……
寝ぼけて現状を把握出来ない私の耳に聞こえてきたのは、隣の部屋でめちゃくちゃオンライン対戦を楽しんでるトモ郎(大学生)の声。
「……なによぉ……びっくりした」
心底ほっとしたのと、トモ郎(3才)がいない現実に、なぜだか涙が止まらなくなった。
……「おかあさぁん」って、トモ郎(3才)の声だった……トモ郎、なんでもなくてよかったぁ……グスン……しっかし、うるさいなぁ……
私は涙を拭いながら布団に紛れた耳栓を探し出して、今度は絶対に外れないように念入りに耳に突っ込んだ。
*
夜中のトモ郎(3才)の声があまりにもリアルだったことや、寝ぼけながらも咄嗟に反応した自分にも驚いたりして、なんとなく久しぶりにお菓子売り場の子供が集まるゾーンに立ち寄った。
「1個だけ」を選ぶ幼いトモ郎の姿を思い出しながら見ていると、『きかんしゃトーマスとなかまたちラムネ』が目に留まった。
これを食べる姿は本当に可愛いくて……顔を一つ一つ並べて、好きじゃないものから順にゆっくり食べたりしてね。
ほんの少しそんな姿が見られることを期待しながら、帰宅したトモ郎にトーマスラムネを手渡した。
「はい、どうぞ。懐かしいでしょ」
「おっ。懐かしいね」
「それはそうとさぁ、昨日うるさくて寝れなかったよ。このままじゃ本当に猫のハウス買って頭入れて寝ること考えなくちゃダメかも。どうにかならない?」
「あー、ごめん、ごめん。でも、うーん」
「楽しいのはわかるけどさ、気をつけてよ」
「はい、はい」
「でね、昨日、夢だと思うんだけど、トモ郎が3才くらいの時の声で『おかあさぁん』って呼ぶ声が聞こえたの。びっくりして飛び起きちゃったよ」
「……そうなんだ」
トモ郎は少し済まなそうに、そして少し興味深そうに私の話を聞きながら、おもむろにトーマスラムネのフタを開けた。
……さてさて、どんな風に食べるんだい?一番はゴードンか?ジェームスか?ヒロか!
私の密かな興奮をよそに、彼は並べるでもなく、顔を確認するでもなく、手のひらにザザッと出すと一気に口に放り込み、ボリボリボリボリ噛み砕きやがった。
じっと見る私にトモ郎は言う。
「ん?いる?」
「う、うん」
可愛いトモ郎の姿なんて少しも見られなかったけど、「お友達にも分けてあげようね」って言い聞かせていた自分のことを思い出して、「優しいね」って胸がいっぱいになった。
……たぶん、あの頃は寝不足と戦い過ぎて、私どうかしてたんだと思う。