からあげ
こんな、コロナな日々で、多分失われてしまったであろうものについて、せつない気分と共に思い出し、恋焦がれるものがある。
誰しも多かれ少なかれそうだろうとは思うけど。
そんなこと言ったって詮ないことだから大抵は胸にしまっておくのだが、駄目だ。言いたい。
新宿で働いていたことがある。
当時、ランパス(ランチパスポート)なるものが本屋で売られており、同僚諸氏の多くが500円のランパスを買って、ランパス新宿版に掲載されている店を巡ってはランパス保有者向けのちょっとお得なランチメニューに舌鼓を打っていた。
私は、好みの馴染みの店で、好みの物を食べるのが好きだと気づき、「ランパス友の会」の皆さんとは袂を分かってほぼ単独行をしていた。当時週2か週3で通っていたのが、職場のワンブロック先の唐揚げランチ専門店だ。(唐揚げランチ専門店ではなく、唐揚げ専門店だったかも。そこではランチしか食べたことがないので、私の中では唐揚げランチ専門店なのだが。)
20人入れるかどうかの店内は、カウンターにカクテル用のおしゃれな洋酒の瓶が多数並んでいるのだが、それは別の人がバーを営業している店に間借りしての唐揚げ専門店だからだそうなのだが、白い壁にカラフルな洋酒瓶、大きな薄型テレビ、カウンターの奥にマスターというかシェフというか唐揚げ屋本人が1人いて忙しそうに唐揚げを揚げている、という図柄も面白く、また私が行く時間は通常の会社の昼休憩のピークタイムは過ぎていて大抵空いていたので、本当に良く行った。
「食べ放題。」と言うとマスターは唐揚げを揚げ始める。私は、セルフサービスのウーロン茶だったかルイボスティーだったかを飲みながら、テレビの「3色ショッピング」を見るともなく眺めては『その組合せは無いって…』とか『あー、この女優さん久しぶりだなー』とか薄ぼんやりとした感想が頭に浮かんでは消える感覚を楽しむ一方で、奥のマスターの動きから唐揚げの揚がる時間を正確に逆算。壁際のテーブルに置かれた平皿に保温ジャーからご飯をよそい、取り放題のサラダを載せ、ワカメスープを持ってこないといけないからである。全てを用意し、万端整ったところで、食べ放題の一皿目、6切れの唐揚げがマスターの手で目の前に届けられる。
熱々で、湯気ほわほわで、表面の油がちゅっちゅっと光っている。
これを食べる。
当然旨い。
旨いのでこの店に来ているのである。(職場から近いということもある。)
あと2切れを残すところでマスターに声をかける。「すいませーん、腿3切れ追加で。」
最多記録としては16切れ食べた事があるのだが、店の最多記録が60数個だと聞いて以降は挑戦は止め、9-12切れをコンスタントに食べた。
ランパス友の会の友達は、「900円は高いですよー。」と言う。(ランパスメニューは大抵5〜600円。) でも、国産鶏、良い油、清潔な店内、日本語の通じるマスターのこの店が大好きだった。
マスターは北海道の人で、だからメニューは唐揚げではなくザンギで、ホテルでシェフをしていたのだが、そのホテルは某国際会議が行われた超有名ホテルだが、一念発起して独立、新宿に知り合いもいない中、頑張っていて、次は間借りではなく1日使える自分の店が目標、なんて話を、通ううちにぽつぽつと聞き、商売人くさくない朴訥さに惹かれ、応援の気持ちも込めて通った。
「いつもありがとうございます。」と、会計時の釣銭と共にマスターはいうのだが、「こちらこそ、いつも美味しくて、ありがとうございます。また来ます。」と釣銭をポケットにしまいながら応え、「お待ちしてます。」の言葉を背に店を出る。
その後、関わっていたプロジェクトが縮小になり、私はそこを離れることになり、最後の最後のつもりで店に行ったのだが、ちょうど年の瀬だった為か店は閉まっていて、入れなかった。「でも良いや、また来れば良い。」そう思ったのだが。
こんなコロナできっと閉まってしまっただろうと思う。私自身が当時と同じ仕事はしていないし、当時勤めていた会社ですら吸収だの買収だのでその場所にはもう無い。でも、マスターがどこかで今日もまた「唐揚げではなくザンギです。」と言いながら鶏腿だの鶏胸だのを美味しく揚げていてくれると本当に良いのにな、と思いながら、今日の昼、私は久しぶりに唐揚げを食べたのである。某お惣菜専門店の唐揚げバリューセットは、受け取りまで10分以上待ったのに全く揚げたてではなく、この酷暑の中でも冷たくはないかな程度の微温感でしかなかったが薄味の薄い衣でカラッと揚がってはいて、まだ私の中に「新宿御苑 トリロー」愛が心の埋み火のように残っている事は、判った。
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