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令和6年10月15日(火)のあたりさわりないエッセイ日記

今年も10月1日から31日まで毎日エッセイ日記を書くことにしました。



本日のテーマ
虐待を訴えてきたAさんの話



 定期的にデイケア利用中の患者さんに施設まで出向いて服薬指導をします。医師からの依頼で行きます。ある日、わたしは利用者さんから呼び止められて「虐待されている」 と、訴えられました。その人をAさんとします。

 Aさんは、デイケアが終われば送迎バスがあるので、その施設に戻って宿泊しているが、介護士さんから虐待を受けているという。Aさんは知能が少し低めの精神疾患のある人です。薬は施設管理。

で、Aさんの教えてくれた虐待内容です。

いわく、すれ違いざまに
「くるくるぱー」
「キチガイのくせに」
「早く消えろ」 などなど。
 生きている価値がないぞ、とまで言われるらしい。1人だけらしいですが、施設職員がそんなことを利用者に言うなんて……。

 風邪薬が臨時薬として出ていたので、それを説明すると、Aさんは、風邪をひいたのも、虐待のせいだという。
 お風呂に入っていたら外からカギをかけられて出られなかったという。これから寒くなるのに、また同じことをやられたら風邪をひいて肺炎になってしまうと訴える。
 由々しきことだと思い、わたしはすぐにケアマネに連絡してなんらかの対応をしてもらうようにと助言します。でもAさんに言わせるとケアマネもグルだという。

 ……施設ぐるみで虐待がグルって……そんなことってあるの……

 ともあれ、気を落とさずしっかりね、薬はきちんと飲んでねと伝えた。それからデイケア担当の社会福祉士に虐待の話を伝えたら、この話を知っていた。

「Aさんは、施設とあわないらしくて、来るたびに虐待されていると言ってますよ。あなたにはお風呂場? 私にはキッチンと言ってました。看護師にはトイレでと言ったらしいですよ」 という。
 
 え?

 福祉士はこういった。
「それとね、お風呂場やトイレで外からカギをかける必要ないでしょ? どこの施設でもそんなことしませんよ?」

 あ…そういわれてみれば…

「……折り合いが悪いのかもしれませんが、新しい環境といっても、入所できる施設は選ぶほどありません。困ります」

 わたしたちに、イマイチ緊迫感がないのは、Aさんには、もともと虚言が多いから。でも万一ということもあるだろう。
 しかし、次の配達日にAさんに会ったら虐待の話はしない。
「風邪は治った。だから次のリクレーションは、◎◎に買い物に連れていってもらえると楽しみにしている」
「じゃあ、もう閉じ込められたりはされてないね?」
「あっ、そんなこともあったねえ」

 なんじゃそら……心配して損した。だが、知能がアレなので言いくるめられたりもあるので、静観している。無駄足や無駄心配、無駄おせっかいも給料のうち。

 虐待のニュースは途切れなく出てくるし、外部から来るコメディカルな立場の薬剤師が一番モノを言いやすいというのは、あるかと思う。特にわたしは婆だし。もう何でも言ってくれ。

 今後も注意をするに越したことはない。


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津 波

  この夏に地震があって、長屋から火事が起こり何人も死んだ。四才のキクの家も全焼だ。しかし家族と安治川に逃げたので命は無事だ。

 震災後は大工が忙しく建築の順番がまわってこないため暗くて狭い蔵に住んでいる。そんなある日、姉のタエが父ちゃん迎えに行こ、と誘った。キクはおじゃみを放り出して草履を履く。ばあちゃんが布団の中から「気ぃつけてな」 と笑顔を向ける。

 するといつものように、土間の隅から頬から下を両手で覆った赤い着物の女の子が出てきた。そして「スエもついてこ」 という小さな声もした。

 これはキクにしか見えぬお化けだ。キクは聞こえぬふりをしてタエと一緒に夕日の堤を走る。


 橋の袂には小舟がつながれている。父ちゃんと兄ちゃんが堤防をあがってくるところだ。魚の入った籠かごを重そうに持っている。

 と、耳元で「あ」 という声がした。キクはそれにも聞こえぬふりだ。スエの気配が疎ましいのだ。

 突然、景色が上下に激しく動いた。キクとタエがこけた。父ちゃんが二人を抱える。舟に向かおうとしたが地響きの中「あかん」 という声がはっきり聞こえた。
 キクの目の前にスエがいる。父ちゃんが走っているのにスエは静止している。そしてゆっくりと両頬の手をはずした。

「川へ逃げたらこないになる」 

 スエの顔の鼻から下がない。キクは「ぎゃあ」 と叫んだ。スエの目玉と頭頂部だけが地面を這って追いかけてきた。切り離された腕と、ばらばらの指も。

 火事や川へ行けと叫ぶ人々の怒号の中、キクは川はあかん、と叫んだ。ばあちゃんを背負った兄ちゃんと出会う。川の水がどんどん引いてきている。ばあちゃんも「ここあかん」 と叫んだ。

 キク一家だけが人々と逆方向の丘へかけていった。再度スエの声。それをキクが父ちゃんに伝える。

「半鐘のはしご登れて、はよはよ」

 一家がはしごを上った直後、大阪湾から来た津波が迫った。橋や舟が壊れ人々が溺死した。キクはばらけて見えなくなったスエを泣きながら拝んだ。

小説家になろう/
ふじたごうらこ

ありがとうございます。