ゴバスタで地球ヲ救ぅ 第1話::出会った 10000字
武藤アキラは号素戸市に住む号素戸小学校三年生。見かけは男の子だが、お洋服が好き。気分によって、お父さんの古い皮ジャンを着たり、お母さんの若い頃に着ていたワンショルダーのひらひらブラウスを着たりする。そのどれもが、大きすぎるけれども、大丈夫だ。古い服はクラスの誰もとかぶることは絶対にない。それにお金もかからない。
問題は変なやつといって、いじめる子がいること。でも少ないけど優しい子もいる。特にタロウとサクラ。それから校庭の木も花壇の花もアキラの友だちだ。家の窓から見える青空や雲も星空も美しいので好きだ。家に帰るとペットの文鳥も四羽いる。イチゴウ、ニゴウ、サンゴウ、シゴウ。四羽とも小さいくせにアキラと対等に戦おうとしてくる気の荒い連中だが可愛いから許せる。それにバレリーナのママもいる。パパは放浪の旅に出ているらしいけれど、ママが教えてくれないからわからない。
ある日のアキラはパパのブルーサリエルパンツを首元までひきあげてママのグリーンのリボンを斜め掛けに結んだスタイルだ。元気いっぱいにステップ、ジャンプ、ステップ、ジャンプと繰り返しながら下校していた。すると道端で倒れている男の子を見かけた。アキラはだいじょうぶかと近寄る。男の子は生き絶え絶えに「地球の重力に負けそうだ」 とつぶやいている。
アキラはその男の子ともども車にひかれそうになり、男の子を公園のベンチまで連れていく。その子は見かけより身体が重くてひきずるのに苦労した。しかも右腕と左腕が反対なのに気がついて、びっくりする。ベンチに寝かせてくつをぬがせると、ハダシだった。これも右足と左足が反対だ。声を出しそうになるが、悪いと思って黙っておく。男の子が「みずぅ」 とうめくので水筒のお茶をあげた。でも口に流しいれず、頭に水をかけた。少しマシになった程度でまだ息が荒い。
「おい、大丈夫か」
突然女の子の声が降ってわいた。
「お兄ちゃんのバカ。防御エフェクトをつけないで外を歩くなんて」
女の子の服装はどう見てもテレビで見かけるバレリーナだ。短すぎて太もも丸出しのチュチュ、頭と胸に白鳥の羽を着けている。足もバレエシューズでシューズリボンがバッテン状に太ももまでデザインされている。ピンク色の髪にベビーピンクの目。ウィッグかな、カラーコンタクトかな。サテンピンクが似合う。アキラは女の子に思わず声をかけた。
「その目の色、かわいいな」
女の子はアキラをちらっと見て、兄らしき男の子を叱りつつ羽ポシェットのファスナーをあける。そこから半分透き通ったマフラーのような長い布を出して男の子の首に巻いた。
「たまたまアタシが3個持ってたからいいものを」
男の子は途端に息を吹き返し背伸びした。
「ありがとう、バッセ」
男の子とバッセは緊張気味にアキラを見る。ちょっと困った様子だ。が、アキラも彼らが日本人ではないだろうと思った。冗談ぽく「もしかして君たちは宇宙人か」 と聞いた。2人とも笑いだす。
「あなたも宇宙にいるから宇宙人じゃないの」
「確かにそうだね、でも手足が反対だから」
男の子はやばいという顔、バッセは肩をすくめる。
「お兄ちゃんは着替えるのが下手なのよ」
バッセは兄の両手をパカンとはずして付け替える。足も座らせて同じようにした。
「それ義手なの? 義足なの?」
「地球人擬態用基本セット。手と足各5本ずつの指もついている。指は合計20本限定。グッチャポイントをためて運営からもらった正規品よ。そうしないとバトルに参加できない。安物は拳が握れないものもあるから。バトルに参加できてもそれでは絶対に勝てない。ええと、まだおかしいところはない?」
「よくわからないけど、おかしいところはないよ。でも日本語上手だね」
「地球の中で日本というパーツが一番人気なので、来日許可をもらえる戦闘士には言語バーも無料で配布されるの」
「パーツ? 戦闘士? 言語バー? よくわからない……あの~バッセさん」
「バッセでいいよ。あなたは?」
「アキラだよ。ねえ、バッセ。きみ、バレリーナなの? 地球では本物のバレリーナでもバレリーナの恰好をして歩かないよ」
「わたしが好きだからこれでいいのよ、バレリーナの服を着て悪いかしら? 地球だと石をぶつけられるの? 殺されるの?」
「いや、そこまでは誰もしないよ。それによく似合う」
「ありがとう」
「ぼくも気が向いたときに家の中だけど、ママのロングチュチュを借りて着たことがあるよ。あれは長くて透き通ってすごくきれいなんだ」
「あら、ロングチュチュ持ってるの? わたしも欲しい。もし色が白で2個あるなら、1個譲ってよ」
「ダメだよ、ママのものはママのもので、勝手に譲れないよ」
「へえ、そうなんだ」
「当たり前だろ」
アキラはバッセがバレリーナにあこがれているけれども、バレエをしていないとわかった。アキラのママはプロバレリーナだし、クラスメートにも数人バレエを習っている子もいるから身のこなしからして違う。でも本当にどこから来た子だろう。
考えていると男の子が会話に入ってきた。
「アキラのママってもしかしたらまだ小さかったアキラを小さく産んだ人?」
「ちょっと表現がヘンだけど、そのとおりだよ」
「ふうん、地球って基本産んだ人が一緒に暮らして世話をするって本当なんだ」
「きみたちは、違うの?」
男の子はそれには回答せず、バッセもスルーして、アキラのママは本当に本物のバレリーナなのかと念を押す。
「そうだよ」
とたんに男の子がまたもや割り込んで「それならぼくにも話をさせろ、ぼくはピッケ。ぜひぼくと友だちになってよ」
アキラを取りあって兄妹でケンカになる。でも地球の重力に多分二人とも不慣れなのか、パンチも弱弱しい。
「ダメだわ、勝負すらならない。やっぱりバレスタでないと」
「バレスタってなに?」
「アキラならだいじょうぶでしょう。連れて行ってあげる」
「いいの」
「おいで」
(暗転)
アキラは2人にバレスタに連れていかれた。ところが、そこは駅前のスタバだった。
「バレスタって号素戸駅前のカフェ、スターバックスの号素戸店のこと?」
スタバはママが高いからといって、めったに連れて行ってくれない店だ。スタバはスタバっていうけど、スタバをバレスタと勝手に名前を変えるなんておかしいよな。
スタバの店の前に銀色のロープを来た銀色のひげの老人がいる。片手にあこがれのスタバの期間限定メロンメロメロフラペチーノを持っている。スタバの職員のバリスタにかなり無理をいったらしく、エクストラホイップの高さが1メートルぐらいある。もう片手に長い杖を抱いている。老人は長い舌を出してホイップをなめているが、横目でアキラを見て渋い顔をする。フラペチーノはあっというまに老人の口の中に消えた。かわりに重々しい声が出てきた。
「お前たち、その子に我らの存在を教えたのか」
とたんに、周りの喧騒がいきなり静かになった。なにか目に見えぬバリアが周囲に張られたようだ。ピッケとバッセは老人の前で両手を組んで頭を下げた。
「マリウスプテパさま、申し訳ありません」
大勢の人が行き交うのに、不思議と誰にも老人たちが見えないようだ。足を止めるどころか透き通った彼らを素通りしていく。一方アキラは本物の人間だから、同じく人間の誰かに突き飛ばされて転びそうになる。足元に小さい子供がいてよけた。床にはいつくばる寸前にアキラは身をひるがえして辛うじて着地する。偶然だがバレエのジャンプの着地のポーズと同じになった。ママがいつもやっているので、ついそのポーズになった。
老人はアキラの着地に目をみはり、身が軽いと褒めた。ひげを撫でながら、仰向きにつぶやく。
「そうだな、生粋の地球人にも戦闘士が一人いた方がいいかな、過去いるにはいたが、行方不明で困っておる。どうだ、きみ。やってみるか?」
アキラとぶつかりそうになって助けた子供の母親らしき人がその子を抱っこしてアキラに礼を言う。すぐそばにいるピッケたちはやはり見えてないようだ。
「さっきはありがとう。あなたもケガはない?」
「はい」
母親と子どもが笑顔で手を振ると
グッチャ!
という大きな音がした。破裂したような、だけど水にくぐもっているような変な音。
な、なんの音?
ピッケたちが親指を立てている。
「地球人がグッチャされるなんて初めて見たわ。アキラ、よかったね」
ピッケとバッセがなぜか喜んでいる。アキラはとまどったが、老人が杖をどんとつくと、あたりがスタバではなくて、鏡の間になった。人間は誰もいなくなった。四方四面とも、鏡、天井も鏡、床も鏡。それぞれにアキラたちだけがいる。しかし鏡の間じたいに呼吸をしているように、少しずつ広がったり縮んだりしている。そこにいるとピッケは呼吸が楽になったらしく、背筋も伸びてしゃんとした。背丈がアキラよりやや高くなった。バッセは同じ背たけだが、その場で空中で一回転した。
「ああ、生き返った~」
「やっぱり、ここでなきゃ」
「地球の空気ってやっぱり重すぎるんだよな~」
とまどうアキラ。でも彼らでちょうどよいのなら……アキラはいつもより、身が軽いのに気づく。試しにぴょんと飛んでみるといつもより数倍高くあがった。感心していると老人と目があった。老人の目が光る。値踏みされているようだ。
バッセが明るい声で話しかける。
「アキラ、ここがゴバスタだよ。マリウスプテパさまのものなの。わたしたちの休憩所でもあり、戦闘場所でもあるの」
「ええと、スタバじゃなくて、ゴバスタ……休憩所に戦闘場所?」
「そう、正式にはゴーストバレエスタジオっていうけど、長すぎるから皆ゴバスタっていうの」
「ゴーストバレエスタジオ……ゴバスタ」
「そうよ、ここにすんなりと入れたということは」
「そう、アキラはきっと良い戦闘士になれる」
「待って。ぼくが戦闘士って。誰と戦うの? 殺し合いなんか嫌だよ? 第一なにがなんだか全然わからない」
老人、いや、マリウスプテパがアキラに近寄り、杖を差し出す。
「アキラ、お前はさきほど、グッチャ1個を得た」
「グッチャ? さっきの変な音? それは?」
「お前は戦闘士に向いている。だから意思確認前に私の|既知時計《 きちどけい》が作動したのだ」
「あの、話がわからないのですが」
「いいから、胸を張ってまずこれを握れ」
「は、はい」
手を伸ばそうとすると、杖先からするりと布切れが出てきた。布地は薄い黄色で何やら読めない文字のような赤色の模様がついている。
「グッチャ1個分のガチャがひける。さあやれ」
「ガチャガチャと違うのかな。ええと、まわすのじゃなくて、引っ張ればいいのかな」
バッセが近寄ってきた。
「いやなら、あたしが代わりにひいてあげる」
するとピッケがバッセを「厚かましいぞ」 と押した。バッセも何よ、とピッケを押し返す。一方老人はアキラをじっと見つめる。また観察されていると思いつつ、バッセが引っ張ろうとするのを制止し、右手を杖に添え、左手で布切れを思いきり引っ張る。同時に鏡の間全体が少し揺れた。
「地震だ」
「グッチャ1個分だけで揺れるなんて珍しいけど、やっぱりお試し版だからノーマルだろう」とピッケ。
段々と揺れが激しくなりピッケが「もしかしてレアが来るのかな」 と叫ぶ。まだまだ揺れる。
「えっ、もしかしてスーパーレア?」
とたんに鏡の間が粉々に割れ、宇宙空間に躍り出た。
アキラ、ピッケ、バッセ、老人が宙に浮いている。足のはるか下方に青い地球があり、ゆっくりと回転している。
ピッケが叫ぶ。
「いきなりスーパーレアをだすなんて奇跡だ、しかも宇宙系の壁紙とはなんたる強運。天井も床もセットの完品だ。素晴らしい」
興奮する二人を制止して老人はアキラに向き直る。
「これでいいなら、この布切れを丸めて呑み込みなさい、この空間はお前のものになる」
「で、でも」
「早く!」
ピッケが叫ぶ。
「初出現の時には10秒以内に食べないと、無効になってこの世から消えるのよ。さあ早く」
アキラはいうとおりにした。ガチャ券はラムネ味で甘くておいしかった。口の中ですぐにとけた。すると周囲が鏡の間に戻った。
「あの空間を出す時は、体内に収めたさっきの布切れに声をかけて。今のは、素晴らしき青き宇宙を憂えてという超レアな壁紙なのよ」
「食べちゃった布切れに声をかけるって、あの、バッセ、あの…」
「アキラ、唱えるだけ。だから今の壁紙の名前を憶えておきなさいよ」
「す、素晴らしき青き宇宙をええと」
「素晴らしき青き宇宙を憂えて、覚えた?」
「素晴らしき青き宇宙を憂えて、覚えたよ。あっさっきの宇宙空間に戻ったよ」
星々が光る中、顔の隣で飲み込んだはずのガチャ券が浮いている。いったいどういう仕組みだろう。
「ひっこめるときはそのガチャ券をまた飲み込むの。さあ」
その通りにすると元の鏡の間に戻った。本当にいったいどういう仕組みだろう。
マリウスプテパがぴゅいっと口笛を吹いた。
「強運なのは良いことじゃ、次は戦闘士に適正かどうか改めてよく見よう」
バッセは「誰を呼ぶの~」 と呑気そうにいうが、アキラは戦闘士自体も理解していないからまだ訳がわからない。ピッケは、アキラならやれるだろ、と笑うので余計に混乱した。
立っている鏡の床がアキラの足元を中心にびきびきに割れていく。見る間に土気色の岩がそこかしらに転がる大地になった。四方茶色の山に囲まれたが、その山から火が噴き出ている。体感も暑い。ここは火山地帯だ。火を噴く山が連なる異常地帯でアキラは動揺した。しかし、頭の真上には鏡の間の天井のままだ。もしかして幻覚?
バッセは冷静に周囲をチェックしている。そして思い出したというように、笑顔で腕組みをしてピッケにいう。
「ふふん、アタシ、この壁紙の持ち主を知っているわ」
ピッケも応じた。
「ぼくもわかる。火山灰が降りしきる烈火連山の壁、それと火山灰の床……まさかあいつらが来るなんて」
バーンとレベル8の文字が大きく張り出したかと思うと、ぷかぷか空中で浮かんで泡状に消えた。次に大きく張りのある声が降ってきた。
「アント参上」
「ルッシャ見参」
同時にピッケとバッセが後ろに下がり、アキラの両脇の空間に二人の少年が飛び出した。2人とも青い目に青い長髪、ギリシャ神話に出てくるような薄い絹をまとって剣を持つ。そしていきなり切りかかってきた。
ピッケが叫ぶ。
「模擬試合とはいえ、レベルゼロの相手にレベル8をよこすなんて無茶だ。アキラ、逃げろ」
訳もわからず、アキラは逃げた。あれに刺されると死んでしまう。なぜこんなことになったのか。アキラは走ることは嫌いでなく、クラスでも早い方だが、剣を持つ人間にはさまれて走るのは嫌いだ。全速力で走っても、二人は余裕があるらしく、にやにやと笑っている。アキラが力尽きるまで一緒に走っていたぶろうという感情が伝わってくる。
それにいくら走っても鏡の間の空間が広がっていく。伸縮が自由なのだ。やはりここは異空間だ。アキラはどうしようと思った。
そのうえ、アキラには武器すらない。不公平じゃないか、卑怯じゃないか。ちくしょう、このまま死んでたまるか。
息があがってきた。目の端にバッセがいる。彼女も走っている。
「アキラ、防御エフェクトをあげる。それと火山灰から創られた火山剣も! 2つともノーマルだけど、レベル8ならそれで十分戦えるはず」
アキラは空間で何か包まれる感覚がした。次に右手が重くなった。短い剣だ。茶色と灰色が混ざってざらざらしている。これが火山剣か。遠くからビッケの声もした。
「俺からはしょぼいけど、一応レアだ。応急バーストの羽根、15秒間使える」
同時に身体がもっと軽くなった。
両脇を走る2人から怒号がした。
「加勢しやがって、なんだよ。ピッケもバッセもあとでヤキを入れてやるからな」
いつのまにか、アキラの背中に羽が生えている。そして首には透明マフラー。これで呼吸が楽になった。アキラは羽根に意識を集中させ、火山の噴火を反映して真っ赤になった鏡を見上げる。すると垂直に飛べた。アキラの身体が鏡の中のアキラに近づいていく。天井にぶつかるとおもいきや、手を水平にすると空と地面に並行して前にすすむ。逆に手のひらを上にすると後ろ方向に飛ぶ。前に行くほど速度があがり、頭の上にまっすぐにすると最速になる。すぐにコツをつかんだアキラは右手側に滞空していた火山剣を手にとった。
意外なことにアントもルッシャも空を飛ぶアイテムを持っていないようで剣をアキラのいるところに剣を突き上げて怒っている。
アイテムを何ら持ってない時にぼくをやっつけたらよかったのに、バカだ。アキラはにやっと笑うと手を下ろして垂直に地面に向かった。アントの頭を足でけったあと、また上空に向かう。そして下降。空中で回転しながらルッシャの頭をける。だが今度はルッシャの剣がアキラのすねをけずり、思わず両手ですねをかばった。とたんに羽根がはずれて地面に転がる。15秒使ったのだ。
アントとルッシャの青い瞳がせまってきた。2人とも嗤っている。
「この勝負、もらった」
アキラは手をすねからはずして叫ぶ。
「ちくしょー、素晴らしき青き宇宙を憂えて!!」
バ キ ン!!
火山灰は降り注ぐ光景から青い地球を下にした宇宙空間が瞬時に現れた。どういう仕組みでアキラの体内に格納、そして搬出されたのかまではわからない。
アントとルッシャがひるんで足元を見ている。動けないのか。アキラはひらめいた。
「わかった! お前ら2人とも高所恐怖症だろ! ぼくの方こそ、この勝負もらった」
アキラは羽根を乱暴にひきちぎり、アントをまず突き飛ばして組み伏せ、ルッシャが走ろうにも足元の地球が怖くて走れないところを足をこづいて転ばせた。でも壁紙なので落下はしない。それでも二人は怖くて目をつぶっている。そこへマリウスプテパの重々しい声が朗々と響いた。
「この勝負、そこまで」
とたんに鏡の間、ゴバスタに戻った。今までの火山灰だらけの跡もなく、ましてや宇宙空間に滞空していた余韻もない。
アントとルッシャが鏡の間のフロアにひざをついたまま、声を出して泣き出した。
レベルゼロの人間に、しかも生身の地球人に負けた!
くやしいくやしい!!
(暗転)
ゴバスタの鏡の間にアキラがいる。アキラを中心にマリウスプテパ、ピッケ、バッセ。それから泣き腫らした目のアントとルッシャ。まだ悔し泣きをしている。よく見ると年もおなじぐらい。アキラはかわいそうになって声をかけた。
「もう泣かないで。ぼくはピッケとバッセのおかげで偶然勝ったようなものだから、それにぼくは普通の地球人で戦闘士じゃないからね」
「だから悔しいんだよ!」
泣き声が大きくなった。アキラは困ってまた声をかけた。
「きみたち、双子だよね? 名前をつなげたらアントルッシャ、これはバレエの基本動作だよね。知ってる?」
二人の泣き声がやんだ。アキラは足の親指を互いに外側に向け、バレエの足5番の姿勢からぴょんと軽く飛んで足を組み替えた。これがアントルッシャだ。バレエはしていないが、ママがいつも家で自主レッスンをしているからわかる。
アントが言った。
「……上手だね」
ルッシャも。
「アキラはすごいね」
「そんなことないよ」
「だってあのスーパーレアの壁、天井も床もすべて揃っていた。レベル20の戦闘士だってそんなの持っているのはいないよ」
「戦闘士、っていったいなんだよ。きみたち、だれと戦っているの」
するとマリウスプテパの重々しい声が響いた。
「アキラ、そこから先はわしが説明しよう。我々は地球を防衛するアースデフェント、略してアデフ。わしはアデフの最高幹部の1人だ」
マリウスプテパの説明は以下の通りだ。
」」」」」」
今アキラたちがいる地球という星は、実は宇宙の中心にある。そのため地球はあらゆる星やあらゆる時空、異世界、新世界などのハブ空港の役目を担う。その重要性を地球人たちはもちろん知らない。それよりも問題なのは、地球は地球人による環境破壊で破滅寸前。
アキラは半信半疑だ。
「アデフがよくわからないけど、地球を守ってくれるなら、なぜそういうのを地球の偉い政治家に教えてくれないの? 地球が危ないとわかっていたら、皆きっと協力し合うのに」
マリウスプテパは渋い顔をする。
「それはどうかな? 未だに世界の言語も統一できず、戦争ばかり起こしているのに地球人にそんなことができるか?」
アキラは黙った。マリウスプテパは続けた。
「それにたった一人の地球人が敵方のブラホに協力して、こっちが不利になっとる」
ピッケ、バッセ、アント、ルッシャは深刻な顔だ。アキラは聞いた。
「地球人に戦闘士はいないけど、相手側に協力する地球人がいる…それって有名な政治家かなにか?」
「いや、そいつが元々地球人第一号の戦闘士じゃった。しかしながら地球出身の生身の人間でありながらレベル150までいった化け物じゃ、しかし戦闘士の最高位についたとたん、敵側に寝返った。名は武藤武士」
アキラはドキッとした。アキラの苗字が武藤だから。でも武士という名前のおじさんや親戚はいなかったはず。第一お父さんの名前はカムイだ。武藤カムイ……武藤武士とは別人だ。
アキラは声をだした。
「それは多分どこかの日本人の名前だろうね」
「だからゴバスタの拠点を日本に置いた。敵の足元にいるのは危ないから許可なく誰も入れぬ鏡の魔、つまりゴバスタを設置した」
一方並行事業として地球にかわる固定のハブ空港をアデフは必死にさがす。が、地球には唯一無二のものがあって代替がきかない。しかもブラックホール界が地球そのものを欲しがっているのをエサにアデフの上層部の数人が莫大な利権取得と引き換えに裏切っている。彼らの親玉はブラックホールの怪人、ブラホという。正式名は不明。
アデフとブラホルとの協定で生まれたのがさきほど名前の出た戦闘士制度。それぞれレベル1からレベル150まである。1回戦うとレベルが1つあがる。相手のほうはレベルが1つさがる。
その利権をブラックホールの怪物が狙う。アキラたちの受け持ちはゴーストバレエスタジオ。略してゴバスタ。壁や天井、床すべて鏡。それが戦闘規模により拡大もしくは縮小する。指導者はこの老人、マリウスプテパ。
マリウスプテパは深刻な顔でアキラに頼む。
「きみは一番最初の段階でスーパーレアを引き当てた。こういうことはまったくのはじめてだ。戦闘士の素質は確実にある。どうだ、やってくれるかね」
アキラは答えた。
「まだわかってないけど、学校へ行きながらでもできるなら手伝います」
バッセが最初に拍手してくれた。次いでピッケやアント、ルッシャも。
そこへ鏡の間の天井からフロアまで雷が垂直におちた。
異議あり!!
雷の炎が消えると中から背の高い男性が出てきた。長髪で昔の日本の羽織袴を着ている。似合っているが見たこともないナイフを構えている。
「マリウスプテパさま。見損ないましたぞ。武藤武士の例でわかるように、元来地球人を味方につけても結局はアデフに寝返っていくではないか」
男性はまだ若いが、アキラを軽蔑した目で見つめる。アキラは腹がたった。
「なんだよ、地球に一人、悪い人がいたら、地球にいる全員が悪い人になるのか、それっておかしいじゃないか」
「口は達者なようだな、わたしの名前はパドゥシャ」
とたんにレベル23の文字が浮かび上がり、バブルになって消えた。鏡の魔に風が縦横無尽に吹き嵐になった。葉っぱが大量に舞い息苦しいのであわててアキラは防御エフェクトをきつく巻く。
バッセの声が風の向こうから響く。
「気をつけてこれは、吹きすさぶ嵐が丘の壁よ。しかも天井と床もセットになっている最強版よ」
ピッケの声も。
「それに、パドゥシャの持つ剣は強風時の戦闘用ウインドナイフだ」
アキラは叫ぶ。
「それがなんだよ! 来い! 素晴らしき青き宇宙を憂えて!!」
アレ? 出ない?
バッセたちの声が遠くから響く。
「アキラの宇宙の壁は、レベル22のスーパーレアだけど、レベル33のレアの嵐が丘の壁に遠慮して出てこれないのよ」
「ええ~、そんなルールがあるなら早く言ってよ」
アキラは火山灰から創られた火山剣を構える。
火山剣と強風剣ではどちらが強いのだろうか。でもこんな無礼なヤツに負けたくない。羽は使えないし、あ、そうだ。防御エフェクトの効果はあるな、これだけ強風なのに、苦しくない。バッセからのもらいものは、いろいろとすごいな。
ありがとうございます。