映画作品 「ムヒカ」 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ
(最終文のあとに動画あり)
ムヒカ・世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ
田部井一真監督
下の画像は映画のチラシです。イラストが可愛い。
題名のムヒカは人名です。ウルグアイという南米の国の元大統領の名前です。ムヒカの容姿は目が丸っこくて、体型も丸くてとてもかわいいおじいちゃん。子供に好かれそうな何かのキャラクターのよう。もちろん正義の側としてのヒーローだ。
彼はウルグアイという国の元大統領。彼の笑顔は人々を和ませる何かがある。しかし彼の生涯やその心情は無邪気なそれではない。地球の未来に危機感を持ちながらも若者に希望をたくしている。本作はそんな彼の生涯や心情をていねいに綴った映画です。
それにしてもウルグアイは私にとって遠い国です。テレビや新聞のニュースにもめったに登場しない国。だから日本人の大多数もウルグアイの場所すら知らぬ人が多いのではなかろうか。
その大統領が極東の小さな国、日本そして日本人に親しみを持っていた。
あるテレビ局のディレクターが仕事としてインタビューにいったときに、長い返答をもらう。それに驚き当のディレクターが監督となって、ムヒカの人となりを映画にしたものです。だから本作はドキュメンタリー映画になります。
最初にディレクターの田部井氏、本作の映画監督の赤ちゃんがアップになる。しかも生まれたて……これはかなりのプライベートなシーンだ。それがラストに生きてくる構成です。関係ないようでも、すごく関係ある。ムヒカの心情を絡めるようにしている。これに気づいたときは感動しました。
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さて、このムヒカが有名になったきっかけです。彼は二千十二年の国連関連会議で最終に近い時間に短いスピーチをしました。スピーチ一本、それだけで一躍全世界で有名になった。ノーベル平和賞候補になった。
彼は何を言ったのか。短いなりに胸を打つ言葉を連続して言った。当たり前のことながら静かな口調で聴衆の心をつかんだ。そのうちの一つだけ書き出してみます。
……私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです……
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副題の「世界でいちばん貧しい大統領」 は本人にとって失礼ではないかと当時から私は思っていました。日本人がつけたのか、よく本人やウルグアイ人が怒らないなあと思い込んでいました。
映画中ではBBCのドキュメンタリーが最初につけた名称だと明かされています。テレビ局というメディアはとかく不特定多数の視聴者に目をとめてもらうべくインパクトある別称をつけたがるとは思いますものの、その効果は抜群でしたね。本作の映画の宣伝で「世界でいちばん貧しい」 とでたら、ああ、あの人だねと思い出したから。
以下はムヒカのウィキペディアからの抜粋です。
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ホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダーノ(西: José Alberto Mujica Cordano, 1935年5月20日 - )は、ウルグアイの政治家。 2009年11月の大統領選挙に当選し、2010年3月1日より2015年2月末までウルグアイの第40代大統領を務めた。バスク系ウルグアイ人。愛称はエル・ペペ。報酬の大部分を財団に寄付し、月1000ドル強で生活している。
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ウルグアイの歴史もまた南米の国々と同じくスペインの植民地であった時代が長い。内戦も経て独立している。これでも南米では平和的な解決だそうでウルグアイは「南米のスイス」 といわれている。事実、有能な政治家たちも排出して他国と戦争するよりも平和的にというスタンスを貫いている印象だ。
ムヒカは内戦時代では徹底的な左翼活動家として名をはせ、若い時から何度も逮捕、投獄されている。十数年の投獄後に釈放され演説しているものも本作に一部まとめられており、すべて私にとっては初見初耳ばかりで興味をもって鑑賞した。投獄中の囚人たちはムヒカを含め自由はきかず、虐待も受けていた。拘禁中、ムヒカはすでに読んでいた本を頭の中で何度も読み返していたと語る。
最初の方でムヒカの書斎を見せてくれるが、壁面はすべて本ばかり。私は信条や国籍問わず、本好きの人間を信じる。書物はどんなものであれ、読み手の脳裏に刻み込まれ消化と昇華をする。映画に出てくる書斎は釈放後に集められたものであったとしても、幼いころから書物に親しむ生活でないとあれだけの書物は保ち得ぬから。
令和二年現在、ムヒカは八十五才。今も尚、農場で犬や猫たちと暮らしている。犬の中の一匹にトラクターに巻き込まれたびっこの犬がいて、特にかわいがっている。猫も放任主義で数匹いる。手をかけたペットというより、普通にほったらかしの同居だ。金や身なりに興味がないのはすぐにわかる。彼の家の前にはSPもいないし、デモをする人もいない。静かな雰囲気の中で日本からインタビューに来た監督相手に酒を注いで乾杯する。
ウルグアイの大統領は知識人であるには違いないがなぜ、日本人に親しみを持つのか。詳しいのか。その答えは彼の幼少時にあった。映画の構成が上手につないでいっている。私は本作でウルグアイにも日本人移住者がいたのを初めて知った。ムヒカの幼い頃にもすぐ近くに日本人の移住者がおり、菊の栽培をして生計を得ていた。ムヒカは彼らと親交があった。会話や働きぶりを間近にみていた。日本人に好感を持っていたのもうなづける。
偶然にも私は若者がもう誰も知らないだろう教育勅語に興味を持ち調べていたところだ。映画の話が事実ならば、ムヒカと同年、もしくはそれより年長の日本人は全員教育勅語を知り得ているはずで、それを海外生活でも実践していただろうとは容易に推察できる。ちょっと横道にそれるが書いてみたい。ムヒカは教育勅語のことは一切発言していないので私が書いているだけですが。
教育勅語は軍事教育に通じるという人も多いが、よく読むとそうでないことはわかる。現在には通用するところもあるが、通用しない面もある。大雑把に書くと十二項目ある。
① 孝行 親孝行しよう
② 友愛 きょうだい仲良くしましょう
③ 夫婦の和 夫婦仲良くしましょう
④ 朋友の信 友だちは互いに信じあおう
⑤ 謙遜けんそん 自分の言動を慎もう
⑥ 博愛はくあい すべての人に優しくしよう
⑦ 修学習業しゅうがくしゅうぎょう 勉学に励み職業を身につけよう
⑧ 智能啓発ちのうけいはつ 知識を養い才能を伸ばそう
⑨ 徳器成就とくきじょうじゅ 人格の向上につとめよう
⑩ 公益世務こうえきせいむ 世のため、人のために仕事に励もう
⑪ 遵法じゅんぽう ルールを守ろう
⑫ 義勇ぎゆう 正しい勇気をもって国のために真心を尽くそう
間違ったことは言ってない。ただ現代の国際社会では、一般人ならともかく謙遜や博愛主義でいくと国家間では通じない。昔の日本は海外との接触は今よりもずっと少なかったのでそれでいけた。今はそうではない。謙遜すると馬鹿にされる時代だ。現在も随分と舐められていると感じることもある。
この教育勅語、現代でもボケていない昭和ヒトケタ世代なら暗証できる人がまだいる。聞けば小学校で毎朝それを大声で言わされていたので覚えているという。義父の年忌で唱和をお願いしたら最初から最後までやった。途中から何人も加わり、楽しそうにやってくれたので逆に驚いた。
海外に移住した日本人たちも自然と教育勅語の通りの態度に出ていたのだろう。まじめに勤勉に働く日本人。ウルグアイのみならずどこの国でも移住日本人はよく働くと言う印象を持たれている。まじめでうそをつかず、そして義理を重んじる。
私は海外でもその恩恵を受けパスポートを見せただけで「日本人なら大丈夫」 と言われたことがある。海外に居住するにあたり、アジア系なら日本人にだったら物件を貸すという人もいる。それ以外のアジア人は不許可だと。そう、あれもこれも昔の日本人の義理の積み重ねの恩恵を知らずとして受けているのだ。
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ムヒカは長じて日本に一度行ってみたいという。その願いはかなった。花見をしつつ広島の原爆資料館にも行った。行かねばならぬところはちゃんとわかっている。我が国は大勢の国民が暮らしている市街地に核を落とされた世界で唯一の国だ。それを外国人よりもしっかり認識すべきだ。来日したムヒカは言う。
「日本では、なぜ欧米のモデルばかり使って広告するのか」
彼は現代の日本のありようを静かに指摘する。古語でも遠慮なくソクラテスのようだと比喩を使う。かなり頭のいい人だ。ムヒカは日本に限らず諸外国のそれぞれの文化を尊重し決して貶さない。そして素直に感想を述べる。ムヒカはいう。
……日本人よ、誇りを持とう。
⇒⇒⇒ これを言われてしまって、日本人の一人として私は心苦しい。
……若い人は選挙に行くべきだよ。
⇒⇒⇒ 政治に無関心な世代、かつて私もそうだった。情報の最末端にいて、危機感を感じていなかった。その積み重ねと集合体が今の日本だ。誇らしくもあるが残念なこともある。
……日本人、しっかりしなさいよ。
⇒⇒⇒ ムヒカにこれを言われる日本。私は微笑むしかない。
ムヒカのそのまなざしは優しい。大学での講演で聴講する若者たちの顔は真剣だった。質疑応答で男尊女卑という言葉を知っていて驚いた。自己に子がいないことに自ら触れ、次世代の若者に伝言を託す。世界の平和のために何をするべきか、何をしてほしいか。
「人生で一番大事なことは、成功ではなく歩むこと」
最後に世界でいちばん貧しい大統領という言葉に対してムヒカはこう言った。
「貧乏とは欲が多すぎて満足できない人のことです」
これらは全て精神的なものを大事にしているという表れでもある。多分ムヒカはこれは言ってはいけないと感じたら言わない人だ。ただ来日後にムヒカは日本人についてこういった。
「本当に日本人は幸せなのかと疑問である」
幼いころに見ていた日本人移住者のイメージを保ち得ぬ何かを見て感じたと思っている。日本人を傷つけぬような言い方をしているが、ムヒカなりに失望したことがあったのではないか。
ムヒカの祖国ウルグアイと比べ、物質的には大変恵まれているはずの日本、そして日本人に対して「幸せなのか」 と聞く。私個人にはそれに心苦しさを感じた。
ムヒカは、政治に関しては政治とは全ての人の幸福を求める闘いなのですとはいう。来日は国賓扱いではなかったので、国会演説なしだが日本の政治家との接触はあったのだろうか。いやいや、私が言ってもどうなるものではないが、本作を観て日本のありようをいろいろと感じ入ることが多かった。
本作は映画館で観たが、観客は日曜日であるにもかかわらずガラガラだった。しかも若い人はほぼいず、私のような五十代もしくは六十代。夫婦で来られている人が多い。監督はフジテレビの人らしいのに、宣伝が下手なのか……良い映画だと思うがな……学校で上映するなどしたらどうかなと思った。終わります。
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(資料置場)
一躍有名になったムヒカのスピーチ、2012年
(日本語字幕付き、約10分)
N高等学校(学校法人角川ドワンゴ学園)の入学式のスピーチ、日本語字幕付き約11分。若い人向け。(2017年)
田部井監督がこの映画を作ったきっかけの記事
真面目な人だという印象を持った。
ありがとうございます。