今年も10月1日から31日まで毎日エッセイ日記を書くことにしました。
※今回は以前に書いたエッセイの検証です。霊的な話がからみますので、それ系の話が嫌いな人は申し訳ないです。(別のページに飛んでください)
初出は約3年前です。2021年。小説家になろうのサイトです。
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NOTEの人は、わたしの過去のエッセイを読んでいない人が大半だと思いますので先に転載します。その後について改めて書いてみます。
↓ ↓ ↓(小説家になろうのページです)https://ncode.syosetu.com/n0043gn/51/
引用でもって転載します。文中の「J」 はわたしの叔母のことです。
いらない人は読み飛ばしてスクロールしてください。(読まなくても大丈夫です)
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↑ ↑ ↑(以上転載終わり)
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いかがでしたか?
医療関係者なのに、こんな話を書くなとか……いう人はいますかね? でも、わたしはこういう話は大好きです。母の人形状態から好きだったというのは、不条理な世界に我が身を置いていたからではないかと自己分析している。
母は、占い関係が好きだったが、わたしは母経由の占いでの決めつけが不快で(しかし文句は言えなかった)良いことがあれば、占いがあたったといい、悪いことがあれば、やっぱり占い通りになったと満足げにいう。母は占いが好きすぎて、家族や親せきに占いによる行動を強要する女でした。方角が悪いからそっち方面に行ってはダメとか。それが善意だと信じている女。
そんな母親が愛でる意思のない人形娘(←わたし)はパソコンもない時代から、先祖霊から何もしていないのに、いじめられたり、引っ越した家にすみつく怨霊からひどい目にあうような話を好んで読んでいました。
生まれなかった水子、生まれていたら兄弟姉妹になっていたはずの霊からひどい目にあわされたりで昔の幽霊話には、そういうパターン化がありました。怨霊話が好きだという子どもって変でしょ?
いまにして思えば母がわたしの怨霊でした。無意識ながら、それをわかっていた。諦めをもって不条理な怨霊話を繰り返し読んでいたとも。
さて、この霊能者Nさん。
今でも読んでいて、話がかみあっていたのを不思議に思う。ごく普通のひとですよ~と本人も謙遜していたが、しょっちゅう予約の電話がなっていたので人気のほどがわかる。Nさんのスマホの電話は対話中もマナーモードにせず鳴らし放題で、取るときと取らないときがあった。わたしの時は2,3回のコールですぐに取られたが、別のコール音では無視をする。今のこれ、わざと取ってないよなと思ったりもした。
なんにせよ、神仏はいないと言い切る人は他にも知っているし、60歳を超えて生きてきたわたしもそんなのいないと言い切れる。全世界の宗教関係者全員から怒られるでしょうが、あれって、はっきりいって商売道具のネタですよね。
宗教に対する信仰心は、生きている人間への影響は数知れず、歴史を動かしているといっても過言ではない。しかし、この人の場合は信仰心はゼロというのが面白かったし、少額で会話ができるというのもよかった。
通常より不思議な力を持ち、これを最小限のお金でもって助言という形で提供してくれるのは助かる。でも、もう行かない。なぜなら、母のようになりたくないから。
結局は自分の人生のかじ取りは自分でしなければならないことがよくわかったから。
肉腫の件ですが、これは場所をあてられて本当に不思議だった。あてずっぽうではない。わたしはがん検診でひっかかり、生検までいった。前がん状態でわたしはこの三年、免疫を上げるために食事を変えた。結果跡形もなく消えました。
これについては、次の日にまた記事をUPします。
(続く)
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(本日の創作)
何を血迷ったか演歌作詞にチャレンジしました。
でも演歌ダメだわ。というより、わたしは恋愛絡むと
経験不足で語彙力や企画構成力全部ダメだ。
本作は著作権放棄しますので改作や作曲など
好きにしてください。