誰かを応援しているんだろうけど なんっちゅーか、 太鼓持ちな友だちがいる。 応援されているのは 彼が関わっている誰かなんだけど、 応援の文章を読むといつも もの哀しい気分になる。 ある時は なんとかの威を借りる…なニオイがしたり またある時は 本人は純粋に応援してるんだけろうけど 要は集客の手伝いだったり。 本当にそれでいいのかな、 あなた、本当にそれがやりたいの? 彼自身が 主人公の人生を送ればいいのに。 本当は 応援してもらいたいのは 彼自身なんじゃない
オフィスのパソコンが立ち上がらない。 昨日は5回目で起動。 出勤して分かったこと、 今日は午後から出勤だった。
いいときは言わずもがな、だけど しんだいときに「しんだい」と たすけてほしいときには「たすけて」と いやなときには「いやだ」と 言えることって大事やな、と 当たり前のことかもしれんけど それができないことが多かった。 そもそも しんだい、とか たすけて、とか いやだ、とか (他にもいろいろあるけどね) 無意識レベルで 自分自身がどういう感情なのか はたまたどういう状態なのかに 気づけているかも重要で 気づけたらもう ドアのノブは目の前にあって そこから出ていくとか も
ここんとこ暫く、キモチが詰んでいた。 must じゃないけど 「やったほうがいいですよ」な課題に なんとか取り組もうとしていた。 共に学んでいる仲間はみんなやっているし、 「やらなくてもいいけど茨の道ですよ」って 言われてもいたから。 (人のせいにしてるつもりはない。だって自分で選んでやっていた訳だし。) とにかく余裕なんてこれっぽっちもないし、 それでも波にはのってたいし、 ただひたすら言われた通りに “それ” をやろうとしていた。 そして摩耗していたんだと思う。
はじめに 今、絶望と諦めの悪さとの狭間で、 悶絶してるところ。 最短距離の切符は 多分、 今は欲しくないんだ。 いや、本当はほしいけど 手を伸ばすのが怖いのか。 とにもかくにも 今の自分を 正直にありのままに書いていこう。 まずはここから。