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歩き地蔵のお江戸面白地蔵物語 VOL.31 過去データーからの引き寄せ

おはようございます。

ネットの情報で、マスクを一所帯あたり2枚送付されるらしいと見て、もろもろの意見も飛び交い、いろいろ思うshibuでございます。

昨夜は一気に睡眠に入ったと思ったら、途中で目が覚めてしまい、ネットサーフィンの夜でした。

小沢健二さんの『彗星』に目が留まって、いい曲だし、ミュージックビデオも面白いな~と見たり、

また、ドクターコパの風水で、運気上昇には、鏡を見て自分を褒めるといいと書いてあって、今朝は鏡見ながら自分を褒めてみました。

禿頭ながらもポヤポヤと髪の毛が生えてきている自分の顔。また以前はむくみもあって瞼も膨らんでいたけど、大分良くなってきている自分の顔。眉間にすっと一本ある眉間の皺は若干気になるものの、おおまか、いい顔しているのではないかな?

そして

「明美(私の下の名前です)の細胞さん、頑張っているね。ありがとうね」と言いました。

「二回目の抗がん剤を受けなければ、こんなに体にダメージ残らずに済んだのでは?」と言う思いが湧き出るほど、後遺症に苦しみ、腰と足の裏に痛みがあった私ですが、2月後半から3月にかけて、友人知人のみなさんから免疫力を上げる情報をいただき、できる限りアドバイスいただいたことを守り、忠実に実行してきたら、腰の痛みが3日位前から気にならなくなっている自分の体に気がつきました。

「友人のみんな、ありがとう」

「明美の細胞さん、頑張っていますね。ありがとう」

鏡に向かって語りながら、また、泣くと言うスイッチがおそらく普通の人よりは入りやすい私は、「すーっ」て涙流しました。

この抗がん剤についても、医師は実際に自分の体では体験しないまま、患者に治療と言う大義名分で施します。それは厚生労働省の指示でもある。私の個人的な見解ですが、医師もある意味悩みながら、抗がん剤治療を勧めている感じがしてます。

マスク二枚の支給もなぜそうなったのか?も気になります。

国を運営している人って、実際誰なのか?

けど、そこ悩んでも仕方ないので、現状を受け入れながら、知恵を絞って生きて行かないとならないと感じます。

何が正しいのか、明確な答えなど、人生にはないのだと思っていて、受け止め方次第で変わる。自分の場合は、自分の心の中身がほっくりし続けていけたらいいな、と、思っていて、ガンのステージ4で終末医療しかないと医師に言われた時には、ならば、もう、よく言われている「わくわくすることを考えて、わくわくすることを実行する」にテーマを絞りました。痛いとか苦しいとかは「わくわくしない」ので、それ系の治療はもう「断る」と決めてます。

それでも、自分の免疫細胞君よりも、ガン細胞ちゃんの方の勢いが激しくって、全身ガンで痛みが走り、命が短命だったとしても、それも運命なんだな、と、生に対する執着も実はあまりありません。(けど、美味しいのを食べたいと言う執着はあるんです~~~。煩悩煩悩)

ただ、この「わくわく」で治せたら、よく言われるエビデンスを残すことになるし、あと自分は生への執着はないのですが、いろいろ情報をくださる友人・知人と娘・息子・義母・兄(ま、いろいろありますが)を思うと、まだ死ぬのは早いし、悲しく思わせてはいけないな・・・と

とにかく「わくわくだぜ~~」って生きています。

さてさて、それでその「わくわく」と言う視点で一番熱込めてしていることが、この「歩き地蔵のお江戸面白地蔵物語」。

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ありがとうございます。うふ、嬉しいな~~。

さて、昨日は雨も結構降って寒かったし、自粛モードでもあったので、地蔵さんには直接にお会いしてません。ですが、結構、今までいろんなお地蔵さんを撮りためていたのでネタには困りません。笑

今回は、昨夜、撮影していた地蔵の写真を見て「あ~~~~面白いな~~~お話も膨らむな~~~」と、寝むれない中、スマホいじってたら目に止まったお地蔵さんをご紹介しますね。

では、ご登場いただきましょう。お地蔵さ~~~ん。

「はい。おはようさん」

「おはようございます。私名前つけさせていただきました」

「なんて名前じゃ~~~~」

「うふ、のんびり地蔵さん」

「あちゃ、座っているからか?あはは。君来るまで、わしも立ってたんだじょ。けど、年取ったらさ、腰痛くって休んでないと持たんじゃよ」

「うんうん。わかります。私も、抗がん剤の後遺症で腰痛くって、と、言うかガン細胞ちゃんが腰に出来て痛かったのかな?いずれ痛かったんだけど、体温めて免疫上げたら、3日前位から痛み感じなくって、うほほ~~~いって感じなんですよ」

「それは良かったな」

「はい。めっちゃ幸せです~~~。あとね、のんびり地蔵さんって兄弟いないですか?」

「ん?兄弟?」

「そ、板橋あたりに・・・・」

「あ、板橋、わしはな。江戸時代の大変な時代にな、橋の下に置かれてた孤児ハッチ地蔵なんじゃ、けどな、ここの僧侶がな、幼い頃のわしを拾ってくれて、こんなに大きく育ったのじゃ。実はな、赤ちゃんだった頃の俺様の初着に手紙がくくられていて、『実はこの子は双子です。もう一人の弟は、板橋に置いてきました・・・・南無南無かんかん』と書いてあったそうじゃ」

「じゃ~やっぱり双子の弟に私会ってたのね。この人なんだけど」

「うわ。うりぼ~じゃね~か。わしに似ておる」

「でしょ。ね。やっぱり、きっと双子かも」

「いや、待て。けどな。もしかしたら、わしの頃のブームがこんなキャラだったってだけじゃね~のか?」

「ん?と言うと」

「ほら、ゆるキャラだってさ、デザインにブームがあるだろ。お地蔵さんの世界だって、その当時はさ、四角四面の門兵みたいに直立不動で立つスタイルじゃなくって、『休みを取る』ってことが人間のパフォーマンスを上げるって時代の産物でさ、、、、」

「すご、、、、つまり、働き方改革~っていう感じ?」

「そうさ、働き方改革の時期も江戸にはあったのよ」

「ふむふむ」

「そのブームの作り方だったってだけじゃね~のかな?」

「う~~ん。けどね。私、江戸中結構歩いてきたけど、のんびりタイプって、鍋かぶりの祝言寺ののんびりさんと、板橋の東光寺ののんびりさん、二人だけだよ~~~」

「そうなのか~~~」

「会ってみたい?」

「みたい。みたい」

じゃ、、

「じゃじゃ~~~~ん」

「お~~~お兄さん~~」

「お~~~弟よ~~~~」

「良かったね~~~るいるい」

「ありがとうよ~~~~。shibu恩に着る」

「いやいや、鍋かぶり地蔵さんが、あまりインパクト強くって、ご紹介が遅くなってごめんね。もっとはじめにのんびりさんに心が行ってたら、もっと早くに出逢いの機会を作れたかもしれないのに。かたじけない」

「いや、鍋かぶり地蔵見たら、だいたい、みんなそうさ、けど、思い出してくれてありがとう」

「僕からもお礼いいます。兄がいるとは、生前の母から聞いてました」

「母さんを知っているのか?」

「はい。母は板橋の東光寺に僕を預けてから、板橋で飯屋の女中やって頑張ってました。盆と彼岸と正月には板橋の仲宿商店街の菓子屋から団子買ってきて、お供えしてくれましたっす」

「そうだったのか~、あとでじっくり母の話を聞かせてくれ~。ずっと憧れてたんだ。会えて良かった。ありがとうよ」

と、二人は団子食べながら、互いの今までの人生を語りあいましたとさ、、、、めでたし、めでたし。

絵を描いて、妄想し、文章書いて、妄想し、

今朝も夜が明けた。

めでたし。めでたし。

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