推し活が止めれない話
『わたしは、』
「ありがとうございました~」
この人、前は二箱ずつ買っていってたのに最近一箱だけになったな。自動ドアを出て車に乗り込む中年男性を目で追いながら、そんな事を思った。乗り込んだ車は白い軽自動車。よれたスーツに身を包んだ疲労顔のおっさんは、素早く駐車場から出ていった。
煙草最近値上がりしすぎだもんね、こんな時間までお疲れ様。
「けいちゃん、そろそろ休憩取って」
「あ、はい」
時刻は深夜の2時近くを指していた。
「あ、涼しい」
煙草を吸うために、バックヤードの裏口から外に出る。食事よりまず煙。我ながら不健康だな、とも思うが、やめようと思った事は一度もない。夏の蒸し暑い空気は薄れ、少し冷たさを感じる風が吹いていた。
「さっき通知来てたけどまだやってっかな」
わたしはスマホを取り出し、ロック画面に出た通知から配信アプリを立ち上げる。
「やっとるやんけ」
自然、口角が上がることが自分でも分かった。
わたしは、お金がない。
早朝家に帰ったわたしを、出迎える声はなかった。家族はまだ寝ている。元々そんなにうるさい性分ではないが、気持ちそっと玄関のドアを閉めた。
同級生には、もうとっくに結婚して、とっくに出産して、とっくに家庭を築いて幸せになっている人もいた。
わたしはと言うと、実家から出ることもなく、アルバイトをしながらダラダラと過ごしていた。今の所、出ていく予定もつもりもない。
休みの日はお酒を飲みながら、ネット配信を見る。煙草を覚えたのはいつだったかもう覚えていないが、酒を飲みながらつまみをつついている時には無くてはならない必需品だった。
実家にいる分、出ていくお金は少ないはずなのに、わたしの経済状況はいつもギリギリだった。
「今月まだ20日もあんのか…」
手洗いうがいをしてスマホのロック画面に出た日付を見て絶望する。
「金がない~金がない~」
夜勤明けの謎のテンションで、鼻歌交じりにキッチンへ向かう。冷蔵庫からハイボールの缶を取り出し開ける。
「キャリア払いももうすぐ上限だし~」
椅子にダラっと座りながら缶を煽った。
わたしは、貯金をすることが出来ない。
「そもそもあんた、貯金0って何?」
久々にあった高校時代の友達と、ローカルファミレスで昼食をとっていた。このファミレスは安いし、ごぼうの唐揚げが美味しくて好きだった。
わたしも彼女も、仕事はシフト制なので中々かぶらない。たまたま被っても今日のように平日だ。その事もあって周りに学生の客はいない。時間に追われてそうな仕事着のおじさんや、井戸端会議をしに来たおばさんが少数いるくらいだ。
「なんで?駄目?」
ごぼうを手で食べようとしたのを「箸で食え」とたしなめられ、渋々箸で食べるわたしに友は言った。
「別に駄目じゃないけど、しんどくない?今月あといくら残ってんの?」
「ほくせんへん」
「なんて?ろくせんえん?」
「ん」
ごぼううめぇ。飲み込みながら頷くわたしを見て、彼女は頭を抱えた。
「今月まだ10日しか経ってないぞ…もう、今日は奢るわ」
「んっく、まぁじ!ラッキー、パフェ頼もう」
ごぼうを飲み込み、そそくさメニューを取ってデザートを見る。あ、これ食べたいけど高くて食べたこと無いやつだーこれにしよー。ぴんぽーん。
遠慮無しに呼び鈴を押すわたしを見ながら、彼女はため息をついた。
「そもそも、何に使ってんのよそんなに。実家だから家賃光熱費ないでしょ」
「え、推し活」
何を聞いてくるかと思えば。
「え、なんて?」
「え?推し活」
わたしは、推し活動を止める事が出来ない。
わたしのコンビニアルバイトの給与は、月にもよるが大体14~15万円程度だ。
月末、給料が入るとほぼ同日に、携帯料金が口座から引き落とされる。そしてわたしの携帯料金は11万弱だ。
これを聞いた人のリアクションは大体「は?」か「高!」のどちらかだ。だがしかし待って欲しい。内訳を聞いて欲しい。
基本料金が5,000円位で、その他のオプションを合計して2,000円くらい。ここまでは、ね?普通だよ。
残りはキャリア決済だ。つまり、携帯料金に上乗せする形で請求が来た、先月のわたしの買物だ。上限が10万に設定されてある。毎月、上限まで使い切っている。
「使い過ぎだろ」と言われる事もあるが、今一度待って欲しい。クレジットカードで全ての買物をしている人もいるはずだ。そしてその人達も、毎月前月使った分の金額を支払っているはずだ。何も違わない。はずだ。知識ないけど。
じゃあそのキャリア決済、何に使ってるの?
これを聞かれると、気を許してる相手でないと困ってしまう。なんせ、
「んひひ、困ってるかわい~~~~もう一本行けるか?いつ行こう!」
なんせ、ドハマりしている配信者に課金して、反応を楽しむ為に使っているからだ。
楽しい。楽しい。可愛い。面白い。楽しい。
急に高額なギフトを貰ったお気に入りの配信者は、あわあわと狼狽えていた。
『ありがとうだけど、もうすぐ上限来るって言ってなかった!?』
ギフトを叩きつけられた配信者は、わたしに向かって話しかけて来た。「んふふ」と、自分でも気持ち悪い笑いが出ている事がわかる。今だ。わたしの指が再び高額ギフトをプレゼントするボタンをタップする。
『いやまてまてまてまて二本は要らん二本はああああ!!』
流れていく「88888」「すげー」「強すぎw」のコメントを見ながら文字を打つ。
「うん、今の2本で上限来た」
『お前馬鹿なのかああああ!?少しは我慢しろ!!!ありがとうな!!!!』
わたしは、今月もキャリア決済を使い切ったと言う謎の満足感と達成感に溺れながら、気付いたら配信を聞きながら寝てしまっていた。
わたしは、我慢をすることが出来ない。
次の日、夢うつつでぼーっと天井を見ていた寝起きのわたしは、昨日配信を聞きながら寝てしまった事を思い出しスマホを取り出す。
残念ながら配信は終わってしまっていた。ちっ、寝息配信してほしかったのに。と心の中で悪態をついた時、ふと配信者の声を思い出した。
「少しは我慢しろ…無理~」
そもそも我慢ってなんだろうな。スマホで検索してみる。我慢、意味。
「辛い事を耐え忍ぶこと…」
どうやら、しんどい事を耐える事が「我慢」と言う事らしい。いや無理~、と思った所で、ふと気付いた。
「え?課金して、お金なくなって、今の状態も辛いんですけど。耐えてるんですけど」
脳内で超理論屁理屈が展開していた。わたしは覚醒したような気持ちになった。
「辛いのを耐える事が我慢なら、今のわたしも我慢してるじゃん!えら」
自分でも何を言っているかわからなかった。多分今なら屁理屈で誰でも言いくるめられると思う。謎の無敵感があった。
「つまりわたしは推し活をやめなくていい!」
てか今日も休みじゃん。つまみと酒買って来て推しの配信に備えよう。今日一緒に飲んでくれねぇかな。あーでもあの人もお金無いって言ってたなぁ~。酒送ってもすぐには届かないし。
わたしは出かける為に布団から飛び起きた。
自分のやりたい事をやって、楽しいと感じて、幸せだと思っている事を、何故我慢しないといけないのだろう。
今の私を、もしかしたら、10年後や20年後の私は後悔するのかも知れない。
でも、わたしにとっては遠いその未来のわたしの為に、今のわたしを後悔させたく無かった。
我慢すると言うことは、自分の意思を消そうとする事だ。それは、わたしという人間を殺すと言う事になるだろう。
わたしは、わたしを殺せない。
「あ!そうか、電子マネー送金しよ!」
わたしは、わたしを辞めることが出来ない。
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構想を得る体験があったので供養。もちろんフィクションです。
所感:課金は程々に。
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