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槇原敬之『SPY』のドラマチックな”シャレになんないよ なーんないよ”
槇原敬之は天才である。
もうこれは、覚醒剤で二度逮捕されていようが関係のない事実なのだ。
何が天才かといえば、『歌詞』。
歌詞が本当にすごい。
この『SPY』もショートショートのページを進めたような読後感がある、曲なのに。
是非聞いたことのない人がいれば耳にしてほしい。
ドラマすぎてすごい。
そして使われる言葉の羅列が文学性と独自性を内包しており、なんともいえない良さに溢れているのである。
おあずけになったデートに
がっかりしていたけど
偶然君を見かけた
なんて運命的なふたり
歌い出しは「どうして」という感情があるものの、まだギアは入っていない。
でも、実際あったら嫌かもしれないな、このシチュエーション。
心穏やかではいられないかもしれない。
おめかしと言うよりちょっと
変装に近い服で
出会った頃なら
きっと見過ごしてた
コナンくん風にいえば「あれれー?」である。
そんなわけがない。
そんなわけがないのだ。
恋人のデートを断っておいて変装見たな服装で街に駆り出す、とは?
出会った頃、まだ深い仲でない時なら、何も感じなかったらだろう。
でも、恋人。
もう、二人は恋人なのである。
ひょっとしたら別のヤツと会ってたりして
跡をつけてみよう
イタズラ心に火がついた
”ひょっとしたら”などとおちゃらけてはいるが内心絶対穏やかなはずがない。
無理に平然を装うとする様。
”跡をつける””イタズラ心”なんていうのも本当は不安で不安で仕方がないはずだ。
その心情は次のサビでわかることとなる。
だけど信じてる信じてる
君を信じてる
ふたりの日々が大丈夫だと背中を押す
信じてるを二度繰り返す様子!
内心絶対、心配で仕方がないはず。
だって本当に信じてたら、一回でいいのに。
二回言ってるのだ。
大丈夫ではないのだろ、内心。
指令は下された
僕はTシャツと破けた
ジーンズに身を固めたスパイ
おおよそスパイとは言い難い格好。
ただ心配だから彼女について行っている事実を捻じ曲げているだけなのに。
認知の歪ませをスパイと名づける正当性のさまよ。
だが、ヒューマニズムに溢れているな。
高そうな車の横で
君は急に立ち止まる
運転席の男が
軽く手を上げた
ここで事態は一変する。
おいおいおいおい。
悪い予感的中するのかよ。
僕はスパイだ、とか、イタズラ心、とか。
前半で提示した言葉が全て馬鹿みたいじゃあないか。
君は周りを気にしながらヤツとキスをした
えええええええええええええ。
キス、したやん。
キス、したやん!
周りを、気にしつつ、キス、したやん!!!!
シャレになんないよなんないよ
動揺しすぎて”なんないよ”をリフレインしている!
いや、でもそうだよな。
恋人が知らないヤツとキスをしてたらシャレになんないよなーんないよって繰り返すよな!
この歌い方の間が抜けた感と歌詞のおかしみが相まって、なんとも胸にくる2番のサビとなっている。
大好きだ、この部分。
悪い夢ならば
早めに覚めてと呪文のように叫んでる
真実を知ることが
こんなに辛いなら 僕はスパイになんかなれない
辛いな。
はしゃいで自分をスパイとか言わずについて行かなければよかったな。
”呪文のように叫んでる”のくだりもいいよな。
人間味だよな。
嘘をついてまで欲しい
幸せが僕だったのかい
ここの破壊力な。
この気持ちを思うと胸が苦しくなる。
言語化の凄み。
嘘をついてまで欲しい幸せってフレーズ、天才のそれ。
涙が出てきた
今、僕を笑うやつはきっとケガをする
この辺りでノリのスパイから本当のスパイへと変貌するのが素晴らしい。
それも復習心に駆られた殺意のスパイ。
だけど信じてる信じてる
どうか信じさせて
どうか信じさせての切なさよ。
リフレインからの切実な、心からの一声。
もうキスの現場は見ているのだ。
だけど、それでも信じさせて欲しいというスパイの断末魔。
両腕がじんと熱くなるくらい
抱きしめた強さ
あの夜が、あの秋が、あの車内が浮かぶから、信じさせてとしか言い出せないんだ。
抱きしめた強さが呪いに堕ちていく。
君の身体にアザのように残ればいい
呪いになるなら諸共だ、と。
なんて悲しい結末なのだろう。
そしていつか思い出して
嘘も見抜けないほど
恋に落ちた
役立たずのスパイを
いつも槇原敬之の歌はオチが鮮やかで見惚れてしまう。
スパイなんてタイトルで、こんなに情けなくて切なくて悲しい一曲が仕上がるなんて。
素晴らしいよな。
このドラマを楽しみながら、平日に街を駆り出してみるのも良いかもしれない。
そうして仲睦まじいカップルを眺めながら、裏切り者を勘繰るスパイごっこで街中を闊歩する。
そうすれば街の色味も一変するだろう。
幸せは一見するだけでは推しはかれないのである。