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読書ノート 「読む」って、どんなこと?」 高橋源一郎
NHK出版「学びのきほん」シリーズの一巻。平易な文章で難しいことを言うタカハシさんのスタイル。そのなかでも、より分かり易い方に、そしてより難しい方に連なる内容です。さすがというかやはりというか。このレベルで発言できる小説家をわたしは他に知りません。
面目躍如は3時限目から6時限目。永沢光雄『AV女優』の言葉を皮切りに、坂口安吾『天皇陛下にささぐる言葉』、武田泰淳『審判』(カフカではない)、藤井貞和『雪、nobody』を読みながら、「社会」「国家」と我々の読みについて、見過ごしてしまう立脚点を釘を打つように示している。そして加藤典洋の言葉で締めくくる。ぜんぶ、いい。
わたしは、わたしたちに「殺そうか…殺してごらん」とささやく「声」は、わたしたちの内側に食い込んで、ひそかに出現のときを待っている、「社会」が送り込んでいた「ウィルス」のようなものではないかと思っています。
「ウィルス」は、宿主にとりつき、その細胞に入りこみ、自己増殖を繰り返して、最終的には、その宿主を滅ぼします。そして、「ウィルス」にも、長い潜伏期間があって、もっとも効果的な瞬間にその姿を顕すまでは、それが存在していることすら、わからないのです。
この、「社会」が送りこんだ「ウィルス」が姿を顕すもっとも効果的な瞬間こそ、戦争です。そのとき、はじめて、「ウィルス」はそのほんとうの姿を顕し、「社会」が隠していた「ウィルス」のDNA、そこに書きこまれた、最後の、真のメッセージを伝えます。それこそが、「社会」の「敵を殺せ」という命令なのです。だとするなら、この「声」は、「社会」そのものが発する「声」なのではないでしょうか。
なぜ、そのことを、「私」は、たったひとりの、この作品の語り手にだけ打ち明けようとしたのでしょう。それは、いうまでもなく、ほとんどの人間が、この「社会」が送りこんだ、もっとも恐ろしい「ウィルス」に感染していて、それを打ちあけた瞬間に、「私」は「社会」にとって危険なことをいう人物として葬り去られてしまうからなのです。
そう、もう、みなさんもおわかりかもしれませんね。
学校もまた、「社会」が、もっとも力を発揮することのできる場所なのです。
どこまで読者がほんとうのところを理解できるかは、その人の心構えに依拠している。わたしも何度も間違える人間なので、何度も読むべきだろう。ほんとうに、読んでいるか、と。
いつも思う。
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