連載小説【夢幻世界へ】 断片6 アニムスの火とアニマの火
【断片6】
ガストン・バシュラール「火の詩学」
生きられる火(当初の企画の最初の草稿)
「凝視されている焔を内密な豊かさに変えること、熱を発し光り輝く暖炉の火を、何かに取り憑かれた火に変えること、それが、生きられる火の心理学が研究しなければならない存在領域の全てである」
「この心理学は、もしそれがもろもろのイマージュを生きることを受け入れるなら、つまり、火、さまざまな火の輝き、もろもろの焔や燠火(赤く熾った炭火)から受ける驚くほど多様なイマージュを生きることを受け入れるならすぐにも、我々は生きている火であるということに気づくだろう」
「もし我々がアニムスの火とアニマの火をうまく区別することに成功するなら、穏やかさ、穏やかな火、アニマの火は、強度のある穏やかさという形容詞、穏やかな強度というしるしを充分受け入れることができることに我々は気づくであろう」
「もし我々がアニムスとアニマの弁証法の中で、想像力の二つの極としての火と熱を研究することができるのなら、火の心理学の内奥の矛盾に触れることになろう。完璧な心理学をめざして、われわれは自らの両性具有的な生の二極で生きる必要がある。そうすれば、われわれは火をその烈しさと慰めにおいて、ある場合は愛のイマージュ、ある場合は怒りのイマージュとして受け入れることができよう」
「人に破壊者の心が宿っているときには、自分自身と折り合うことは決してできないものだ。破壊は、破壊する者を破壊せざるを得ないのだ。残骸は我々の内にある」
アニマの火のテーマ「生きられる火」は、彼の生前に書かれることはなかった(火の詩学で取り上げられたのは、アニムスの火のテーマ)
これにより、バシュラールは幾許かのメランコリーに包まれる
フェニックスのみの一冊の本を模索。フェニックス、それは「巣籠りと火葬の壮大なイマージュの不思議な総合」、両性具有の鳥、最後の大いなる夢想の中でアニムスとアニマが和合する鳥である。
「私が私のフェニックスを語る最後の章を書いてみたらどうだろうか。その題は『私のフェニックスの夢想』とし、副題に『明暗そして灰と化した生』とつけてみよう。その時、私は私の実存のテーブルを前にするのではなく、私の虚無を愛撫しつつ、私の非-在のテーブルを前にすることになるだろう」
「われわれはまさに、贈与された想像力を前にしている」
絶対的な始まりの再生
プロメテウス、人間以上に人間的な
絶対的昇華
建設的な非服従の象徴
エンペドクレスの死 エトナ山 頂上 瞬間
自然の化身としての女 コリンナ
牧羊神(パーン)の死
エトナ山の火口に身を投じたという事実
焔、海、重力 イマージュの中に身を投じる
文学は一つの世界である。詩的圏域は、一つの世界を支配するのである
瞑想者がイマージュの見世物師に言う
「私にそのイマージュを見せながら、君は私に何を隠そうとするのか。見せる者は証さない(証明しない)。証す者(証明する者)は、見せものを厭うものだ」
エンペドクレス(前四九三~前四三三)は、ソクラテス以前のギリシアの哲学者。シチリア人。万物の根源を地水火風の四元素と考え、その結合、分離に「愛」と「憎」という二つの原理が働き、世界は四段階に分かれて永劫回帰すると考えた。またオルペウス教を信仰し、魂の不死を信じ、その浄化を説いた。また、預言者、医者、政治家、雄弁家として名を馳せていたが、自分が神であることを証明するためにシチリア島のエトナ山の火口に身を投じたという逸話も有名。
テーブルを思わせる、簡素な墓石
【次回より第4章】