![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/154522551/rectangle_large_type_2_9e6c76108a3ce41b080962fc105e2e60.jpeg?width=1200)
読書ノート 「ねじまき少女」他4作
近未来・世界改変エスエフを集中的に読んでみた。
『パヴァーヌ』(1968)
『すばらしい新世界』(1932)
『都市と都市』(2009)
『未来省』(2023)
『ねじまき少女』(2009)
『パヴァーヌ』
1588年、英国女王エリザベス1世が暗殺され、スペイン無敵艦隊が英国本土に侵攻し、英国は欧州世界と共にローマ法王の支配下に入る。宗教改革は起こらず、20世紀には法王庁の下で科学は弾圧され、蒸気機関車だけが発達するというアナザーワールドが展開する。その高い描写力が光る。スチームパンクの先駆け。
『素晴らしい新世界』
ユートピア=ディストピアの傑作。すでに古典というべき位置にいる。そこで示されているテーマを列挙すると、
遺伝子による選別と人間の工場生産(クローン技術、出生前診断)、
快楽薬ソーマの配給(うつ病の拡大と治療薬)、
フリーセックス(結婚の廃止、家族の解体)、
知的格差を用いた階級化(経済格差と知的格差の相関、下流搾取)、
触感映画、芳香オルガン(リアルになっていくバーチャル・リアリティ)、
文学や自然観照の衰退(消費を生まない活動は意味がないという社会)といった現代的なトピックスに繋がる(以上『講談社古典新訳文庫「担当編集者が激推する『すばらしい世界』のすばらしい世界」より参照)。
最後に自殺する野蛮人ジョンが可哀想。風習や文化はその中にいる構成員たちには批判的把握ができないというのが世の常。
『都市と都市』
ふたつの都市国家〈ベジェル〉と〈ウル・コーマ〉のあり方が特徴的。地理的にほぼ同じ位置を占めるモザイク状に組み合わさった特殊な領土を有し、二国間で起こった不可解な殺人事件を追ううちに、封印された歴史に足を踏み入れていくという物語。1972年生まれのロンドン大学で国際法の博士号を取得している著者が、現在のイスラエルとパレスチナの大虐殺と、この物語をシンクロさせる読者が現れることを想像していただろうか。それを不条理と捉えるべきか、悲劇的な現実と捉えるべきか。きっとガザの人たちは今この現実が、空想の世界であればいいと感じていることであろうし、その感情を想像しながらこの物語を読むことに、どのような意味や未来があるのだろうかと思い悩む。実際は二つの都市が並列で動くというのを文章で説明するのがなんとも難しそうで、それが文化的に違う西洋風な世界で動いていることが二重の読み・読解の妨げになって、読み進めることができなかった。もっと落ち着いたときに読みましょう。
『未来省』
これも、まったくきちんと読めておらず、再読を自らに課す。あらすじは、「2025年、インドを未曾有の大熱波が襲い、2000万人の犠牲者を出す。喫緊の課題である気候変動に取り組むため国連に組織された、通称「未来省」のトップに就任したメアリー・マーフィー。つぎつぎと起こる地球温暖化の深刻な事態に対し、地球工学、自然環境対策、デジタル通貨、経済政策、政治交渉……ありとあらゆる技術、政策を総動員して人類の存亡をかけ果敢に立ち向かっていく」といった内容。危機的な気候変動に真っ向から挑んで思考した大作である。今後の大きなヒントにしたいと思う。
で、
『ねじまき少女』
これも近未来。化石燃料が枯渇し、植物の争奪戦を迎える東南アジアを舞台に物語は動く。
石油が枯渇し、エネルギー構造が激変した近未来のバンコク。
遺伝子組替動物を使役させエネルギーを取り出す工場を経営するアンダースン・レイクは、ある日、市場で奇妙な外見と芳醇な味を持つ果物ンガウを手にする。ンガウの調査を始めたアンダースンは、ある夜、クラブで踊る少女型アンドロイドのエミコに出会う。彼とねじまき少女エミコとの出会いは、世界の運命を大きく変えていった。
聖なる都市バンコクは、環境省の白シャツ隊隊長ジェイディーの失脚後、一触即発の状態にあった。カロリー企業に対する王国最後の砦〈種子バンク〉を管理する環境省と、カロリー企業との協調路線をとる通産省の利害は激しく対立していた。そして、新人類の都へと旅立つことを夢見るエミコが、その想いのあまり取った行動により、首都は未曾有の危機に陥っていった。
新たな世界観を提示し、絶賛を浴びた新鋭によるエコSF。
世界設定は斬新で良いのだが、日本製ねじまき少女エミコの描かれ方が、なんだか差別的で、そのいたぶり方がアングラのエロ漫画を彷彿とさせるため、怒りが湧いてくる。作者も「書いていて恥ずかしかった」というが、自身のやましい欲望が投射されているように思えるし、その最後の救いが機械人形である彼女が子供を産めるようになることで結論づけられていることも、白人兄ちゃんの古く差別的な風習が透けて見え、なんというかやはり腹が立つ。描かれた機械少女は健気で強く、美しいのだが、そうした世界観を作ること自体に腹が立つ。個人の妄想なのだから良いのだけれど。趣味の問題か。もしくは自分の欲望の逆転移か。
これらを読んで、私はこの読書体験をどう活かすのか。
それは、よくわからない。
自らの無意識に沈殿させ発酵させ、その後に何が現れるのかは、神、いや無意識のみぞ知るである。
いいなと思ったら応援しよう!
![sakazuki](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/110257125/profile_4081f0d4ceff7f849e751ff39530026e.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)