【十一個目の扉で「わし」に再会する】 《極私的短編小説集》
焼けてしまう飼い猫と娘が待つ扉
崩壊するビルディングが見える扉
つぶやきがとめどなく降り注ぐ液晶画面が垣間見える扉
真っ暗な、もしくは真っ白な扉
扉、扉、扉、どの扉を選んでもそれは自分の物語である。そこには間違いなく、自分の意志があるということを、ここでは再認識する。
「どれでもいいんじゃない」
「どれでもいい。けれどどれが一番いいかは見極めたい」
「そんなもの、自分ではできない。その判断には何の根拠も、存在意義もない」
「僕にな、教えてえな。なにがおもろい?」
「君は」
「なんや、知らんのか。わしや」
「私は、小さい頃、自分のことを『わし』と言っていた」
「この子は、あなたね」
小さな人は、にやっと笑う。
「ここは、わしの世界や」
世界が雪崩を打って、折り重なり、小さな部屋へ形を変える。
「みんな、わしのことが好きなんや。
みんな、わしのもんや。
わしがいっちばんや」
子どもの全能感を部屋の至る所から吹き出し、時空間を「わし」の所有に変えていく。
「わしのことをきらいなやつはおらん。
だから、わしがいちばん。
みんな、楽しそうやろ。
なんでも言いや」
「子供の全能感が贈与なき生を求めるのよ。こいつは消し去らなければならない」
「なにいうとるんや。『欲望』に勝てるやつなんかおらへん」
「正体をばらしたわね。畜生、敗戦濃厚な戦いだわ。でも逃げはしないわ」
「ちょっと待て。なにも消し去ることはないんじゃないか。これも私の一部だろ」
「そうね、あなたはその立ち位置でもいいかもしれないわね。でも、私は違うのよ」
空間が裏返り、時間が巻き戻るなか、「わし」と「彼女」の戦いが始まる。いや、この戦いは今になって始まったのではない。既に戦い続けていた一場面を切り取って見ているにすぎないのだ。
「わし」と「彼女」が交差し、分裂し、複写し、薄まり、光り、背景に落ちていく。間違いなく優勢な「わし」に果敢に挑む「彼女」。「彼女」が勝つことは考えにくいが負けることもないのはわかっている。この戦いそのものが「生」であるのだが、そこから私は距離をおいている。取り残されるのかという不安がよぎるが、追いかけることができない。
「ちがうちがう。彼・彼女らは同心円上のお前だ。勘違いするな」
扉の向こうで彼が叫ぶ。その声に誘われて次の扉を開ける。