読書ノート 「不在の騎士」 イタロ・カルヴィーノ 米川良夫訳
国書刊行会の「文学の冒険シリーズ」として刊行されたハードカバーで読みました。『不在の騎士』は他に白水社Uブックス、河出文庫で読むことができます。「文学の冒険シリーズ」は、他にレムの『完全な真空』、トゥルニエ『メテオール』、プイグ『天使の恥部』、リョサ『フリオとシナリオライター』、アーヴィング『ウォーターメソッドマン』、ピンチョン『重力の虹』など煌めく名著が含まれていました。
裏表紙の概説はこのようなものです。
「騎士道華やかかりし頃、サラセン軍と戦うシャルルマーニュ大帝の麾下、一人の一風変わった騎士があった。戦場にあっては勇猛果敢、数々の勲功をなしとげ、兵士の鏡とうたわれながら、そのあまりの融通のきかない勤務ぶりで武将たちのきらわれもの、その名はアジルールフォ。しかしその白く輝く傷ひとつない鎧の中は─からっぽ。この空洞の甲冑こそ、強い意志の力によって存在する〈不在の騎士〉であった。
ある日、騎士の資格を疑われた〈存在しない騎士〉アジルールフォは、その証をたてんと15年前に助けた処女ソフローニアを求めて遍歴の旅にでる。つき従う従者はグルドゥルー、自分が何者かも理解できず目にしたものすべてに同化してしまう男。正確無比、一直線に突き進む〈不在の騎士〉と、過剰な〈存在〉をかかえた従者の珍道中。盗賊どもをたいらげ、淫蕩な女城主の誘惑にも負けず、大怪獣と戦い、スルタンの後宮からソフローニアを助けだしたアジルールフォは、一路フランスへ。一方騎士に恋焦がれて後を追おう美貌の女騎士プラダマンテ、とさらにその後を追う若武者ランバルド、聖杯騎士団を求めてさまよう私生児トリスモンドもまた、ソフローニアのかくまわれた海岸の洞窟へと向かっていた…
錯綜する物語。以外また以外の真相。はたして物語の結末は…
『まっぷたつの子爵』『木登り男爵』とともに〈我々の祖先〉3部作をなす本書は、奇想天外な着想、奔放なユーモアで読者を魅了する、フォークロア的想像力に満ち満ちた傑作である」
「フォークロア的想像力」、つまりは「民俗学、民間伝承、家族民族、伝説(フォークfolk)の知識(ロアlore)」の想像力ということ。昔話的想像力とも言えます。既に読了した私は、意外な結末を知っていますがここでは言えません。なるほどなあ、上手いくっつけ方だなあという感じですね。
翻訳の妙(功績)でもあるのですが、第4章で突然現れるこの物語の語り部である、修道尼・テオドーラが、「ですます」調で書き留めるところから、その物語の中に入り込んでいく区切りで何の前触れもなく「である」調に変わるのが洒落ていて、いいなと感じました。しかしながら、ここで躓く読者もいるだろなとも。この語り部の語りがなんとも良く、カルヴィーノの面目躍如です。メタ文学の香りもそこはかとなくあり、その後の「レ・コスミコスケ」や「冬の夜一人の旅人が」にも通づる虚構世界記述の先駆けではないかと連想しました。
最終12章で語り部テオドーラはスピードを上げます。
「本よ、ようやくお前も終わりにゆき着きました。最後のほうでは、それこそ真っ逆さまに飛び込んでゆく勢いで、私は書き始めていました。行から行へ書き進みながら、私は諸国のあいだを、大海原を、また大陸から大陸へと、飛びまわっていました。私を捉えたこの物狂わしさ、この焦燥感は何なのかしら?」
たしかに中盤から物語は省略に次ぐ省略、どんどん転換する場面は作者であるカルヴィーノが書き急いでいるのかと感じていたのだが、いやいや実は急いでいたのは物語内の語り部であったのだ(無論これは分析的読みではなく、主観的ナラティブ的読み)。そしてそれには理由があったのだが、それはどうぞ著作をお読みになって確かめてください。
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