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読書ノート 「あなたの人生の物語」 テッド・チャン 浅倉久志・他訳

 イーガンと並び、「現代最高のSF作家」と称されるテッド・チャンの初短編集。いまのところ、寡作な短編作家として我々の前に姿を表しているテッド・チャンだが、そのセンス・オブ・ワンダーは壮大なスケールのものであり、これで長編を書かれたらえげつないものが出来るのだろうと考える。そのアイディア、構想力がとんでもないのだ。以下、収められた主な短編についてネタバレとともに解説しながらその凄さを書き連ねていく。


 「バビロンの塔」

 バベルの塔の世界を克明に描いた異世界もの。「塔はてっぺんまでのぼるのに一年かかるほど高く、人が墜落して死んだとしてもだれもその死を悼まないのに、一個の煉瓦が落ちると、煉瓦の代わりを手に入れるのに一年かかることから、煉瓦職人が嘆き悲しむ」そして「丸天井へ近づくと、それが空ぜんたいを包んだ硬い甲羅」で、その丸天井を突き破ると、無尽蔵の水が流れ落ち、ノアの時代の大洪水が起こるとされている。しかし実際はそうではなく、あっと驚く結末が待ち受けている。巨大な塔の中だけで人生を終える人々がいる。人生とは終わりの見えない続きもの、そしてそれは中途で終るもの、ということを知らされる。


 「理解」

 「ぼくは一種の強化された知覚を思い浮かべた。さらには超知性というものを」「精神活動をほんとうに理解することができるか」から生まれた物語。なんといっても主人公の知覚が想像を絶して広がる姿と、その強敵が彼を崩壊させる言葉の妙が秀逸。似たような物語は数多あるが、最後まで途切れずにアイディアを描き切る筆力が素晴らしい。例えるなら筒井康隆の「モナドの領域」における神の描き方だろうか。私好みの作品。


 「顔の美醜について─ドキュメンタリー」

 今風だなあと思うストーリー。「ルッキズム」という言葉、概念があるがその掘り下げとでも言おうか。ルッキズムとは、容姿や外見で差別すること、もしくは偏見。差別と書いたが、言い方を変えればそれは区別であり評価であり審美眼である。「異なる」ことをどのように判断評価するか、そこには人類の歴史の中で延々と連なる美意識があり、それを基礎づける思考(数学的なものでもある)が存在するのだが、それを無きものにしたとき、人はどのように行動するのか。その反証としてのIFである「美醜失認処置(カリーアグノシア)」による、様々な社会の動勢、反応(反発もある)をドキュメンタリータッチで書き綴る。「美しさ」とはなんだろうかと問う作者は、もしこの装置を使う機会があるならば、「すくなくともぼくは試してみるつもり」と言う。



 「あなたの人生の物語」

 いやあ難しい。ちゃんと理解できる人ってどれくらいいるのだろう。映画も難しかったけど、原作もなかなかのもんです。「この話は、物理学の変分原理に対する興味から生まれた」そうだが、「変分原理」とは何だ。

 ※「変分原理」とは「何か基本的な量の変化を考えることで法則を導く原理」ということで、多くの場合ある量の変化量がゼロになるところを求めるとそれが求めたい状態であるという形で使う。 変分原理は解析力学でも「作用が停留するのが実現する運動である」という形で使った。

 うーん、わかるようなわからないような…

 作者が言う、この話のテーマを端的に言い表すカート・ヴォネガットの言葉を記そう。

 「わがよるべなき、疑うことを知らぬ赤ん坊たちがどうなるか、わたしにはわかっている。なぜなら連中はもう大人になっているからだ。わが親友たちがどんな最後を迎えるのか、わたしにはわかっている。なぜなら彼らの多くが引退したり、死んでしまっているからだ…。スティーブン・ホーキングや、ほかのわたしより若い連中みんなにこう言ってやりたい。『しんぼうしたまえ。諸君の未来は、諸君が何者であろうと、諸君のことをよく知り、愛してくれる飼い犬のように、諸君のもとにやってきて、足下に寝そべるだろう』と」


 たぶん、「自分の思考が図表的にコード化される」とき、ひとは新たな世界を踏み出す。



映画化記念カバー

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sakazuki
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