読書ノート 「マハーバーラタ入門 インド神話の世界」 沖田瑞穂
【要約のための書き出し・断片】
全18巻、約10万もの詩節より成り立つ
古代インド叙事詩
サンスクリット語で書かれる
従兄弟同士の戦争物語を主筋とし、神話教説哲学が盛り込まれた膨大な書物
物語では大戦争により数億が死に、生き残ったのはわずか10人。そのため、寂静の情趣(シャーンタ・サラ)ともいう
作者は物語内にも出てくる聖仙ヴィヤーサであるが、一人で書かれたものではなく、相当な時間、おそらく800年(紀元前4世紀から紀元4世紀の間)の間に次第にかたちづくられたとされる
主題はバラタ族の王位継承問題に端を発した大戦争
物語の主役はパーンダヴァ(「パーンドゥの息子たち」という意味)と呼ばれるパーンドゥ王の5人の王子と、彼らの従兄弟にあたる、カウラヴァ(「クル族の息子たち」という意味)と総称される100人の王子たち
クルの野、クルクシュートラで18日間に渡って大戦争が行われた
パーンダヴァ5兄弟
ユディシュティラ…長男 法の神ダルマの化身
ビーマ…次男 風神ヴァーニュの化身
アルジュナ…三男 神々の王インドラの化身
ナクラ…末の双子 双子神アシュビンの化身
サハディーヴァ…末の双子 双子神アシュビンの化身
カウラヴァ百兄弟
ドゥルヨーダナ…長男 カリ(アスラ・悪魔)の化身
5兄弟の共通の妻 ドラウバーディ…シュリーの化身
クリシュナ…アルジュナの御者、ナーラーヤナ、ヴィシュヌ神の化身
アルジュナと神弓ガーンディーヴァ 英雄と武器の分離のモチーフ(アーサー王とエクスカリバー)
簡単な物語の筋をまとめる。
宇宙の始まりが語られ、3つ目の宇宙期から4つ目の宇宙期に入るときに大戦争が起こる。マハーバーラタはその記録である。
まずパーンダヴァ五兄弟、カウラヴァ百兄弟の誕生から始まり、五兄弟の共通の妻となるドラウバーディの獲得が話される。次に賽子賭博で五兄弟とドラウバーディはカウラヴァ側が仕掛けたいかさまで負け、王国を13年に渡り追放されてしまう。
13年が終了してもカウラヴァ側が王国を返却しようとしないので、周囲の国々を巻き込んだ大戦争になる。この戦争でクリシュナがアルジュナに説いたのが有名な「バガバット・ギーター(神の詩)」である。
戦争は18日間続き、クリシュナの詐術によって敵方の将軍が次々に倒され、最終的にパーンダヴァ側の勝利に終わる。しかし勝利に酔うパーンダヴァ陣営は夜襲に会い、五兄弟とクリシュナなど主要な英雄を除いた殆どの英雄たちが命を落とす。
こうして双方とも大きな痛手を追った戦争は終結し、やがて五兄弟の神的な力も陰り、兄弟とドラウバーディは山へ死の旅に出て、そこで一人ずつ人間としての罪を問われながら命を落とす。死後、いったん地獄を経験してから天界へ昇った。
マハーバーラタでは、登場人物はほとんどすべて、神々か悪魔か聖仙の「化身」とされる。これは増えすぎた生類のモチーフといわれる。古代インドの人々が、人類や動物の過剰な増加を恐れていたことが伝わってくる
同じ夫婦の名前。近親相姦が暗示される。日本神話のイザナミ・イザナキも
ギリシヤ神話との類似がそこここに。インド=ヨーロッパ語族がもともと持っていた一連の戦争伝承が、インドとギリシヤでそれぞれ語り継がれたものと考えられる
ブラフマー(創造神)とヴィヤーサ
カルナ(太陽神とクンティーの子。生まれながらに川に流される)にみる「水界に流される英雄」のモチーフ。日本神話におけるヒルコとの類似性
ヒルコ→日ル子、アマテラス以前の太陽神
五兄弟のイニシエーションについての物語
逆オルペウス型神話(死んだ夫を生き返らせるために冥界に行く)
18という数字へのこだわり
武器の名前(ナーラーヤナ、パーシュパタ、ブラフマ・アストラ、ブラフマシラス)
特に「ブラフマシラス」は圧倒的な破壊力を持ち、「世界を破滅させる恐ろしい武器」で、アシュヴァッターマンのブラフマシラスを止めるため、アルジュナもブラフマシラスを出現させたが、二つ揃ったことで世界は異変をきたし「雷が鳴り響き、何千という流星が落ち、天地は鳴動した」。「ナーラダ仙とヴィヤーサ仙は慌てて両者を止めた」が、アシュヴィッターマンのブマフマシラスは止まらなかった。ブラフマシラスが放たれた地域は十二年間一滴の雨も降らず大旱魃になり、呪われた土地となった。
ヒンドゥー教の三位一体(トリムームティ)
ブラフマー…世界を創造する神→ヴィヤーサ
ヴィシュヌ…世界を維持する神→クリシュナ
シヴァ…世界を破壊する神→ドラウバーディ、アシュヴァッターマン
ガーンダーリーの呪い
最後に残る犬
海底にある武器の宝庫としてのヴァルナの宮殿
月と不死の飲料・アムリタ=「をち水」若返りの水(日本・万葉集)
宇宙卵
ヴィシュヌの描写は次のようにある。「幾多の顔と眼とをもち、さまざまなこの世のものとも思えぬ姿をあらわし、多くの神々しい装飾で飾りたて、多くの神々しい武器を携え、素晴らしい花冠と衣服を身にまとい、聖なる香料を塗り、あらゆる奇瑞よりなり、眩くも無際限の、あらゆる方角にさまざまな容顔をさらす神 … 神々のなかの最高神のみ姿のなかに、多様に分かたれた全世界がただ一つのものに収められているのを、アルジュナはそのときそこでみたのであった」
ヴィシュヌ自身の言葉はこうある。「わたしは力であり、この世を滅ぼす「時間」である。ここに集まる者どもを殺さんがためにここに出現した。たとえ汝がいなくとも、敵陣に並び立つ戦士らはみな生きつづけはしないだろう。 … わたしによってすでに殺された、ドローナ、ビーシュマ、ジャドラタ、カルナ、またその他の勇士たちを殺せ。これらの者どもはすでにわたしが殺し終えている者どもである」
深い深い世界がある。これはまだ序の口。ラーマーヤナ、リグ・ヴェーダ(これは日本ではまだ全訳がない)、人の、言語の世界は広く深い。よく考えれば、紀元前4000年頃から始まる文字の歴史の中で、こうした神話が創られ、伝承されてきているのであり、それを一晩で理解しようなどというのは凡そ無理な話である。
表現や仕組みとして興味深いのが、『化身』である。マハーバーラタでは登場人物が皆神や悪魔を背負っており、その場面場面で、人間から神になってその能力を発揮し、最後には人間から神に戻る。神と人間を行き来する様(アバターの原語であるアヴァーターラはサンスクリット語)が、現代の電脳世界に酷似している。最近のアニメ「ソードアートオンライン」の世界ですな。ラカン的に言うと象徴界と想像界の往来を化身というイマージュが蠢いている、とでもいいましょうか。