三十秒で死ぬ。子供に残したい言葉は?
ザ・ミストに出てきた素敵な言葉
先月、ザ・ミストというフランス映画を見ました。この映画は、人間を死なせる濃い霧が発生したパリで、主人公とその妻が家族を守るために生き残ろうとする話です。
ネタバレになるのですが、この映画では霧が広がる前から、どういうわけか子供たちが、ほぼ例外なく大型の空気清浄機の付いた部屋から出られなくなってしまっています。外気を吸い込むと病気になって死んでしまうから、出られないんです。
そこに霧が発生。ほとんどの人が亡くなり、インフラが止まってしまいます。(余談ですが、インフラの停止は現実の震災や洪水など災害においては、とても大きな出来事ですよね。テンポが悪いせいかゾンビサバイバルゲームなどではあまり大きくとりあげられない気がします。外国のゲーム、Project zomboidでは、開始数日でインフラが停止。するとすべての冷蔵庫が停止し、探索で手に入る食糧の多くが、腐敗して食べられなくなってしまいます。保存食もあるのですが、とても十分ではなく、結構シビアな農業や漁で食料を確保する必要があります。それも拠点の冷蔵庫が使えないのですぐ腐敗するという……。アニメのがっこうぐらし!では農園がありましたが、あれは命だったわけです)
とにかく、映画でも部屋の設備は電力切れで、定期的にバッテリーを変えてやらなければ死の霧が入ってきます。子供たちは亡くなってしまうわけです。
非常用の酸素を使えば霧の中でも行動できます。でもあるタイミングで、どうしても酸素が手に入らない中、バッテリーを替えなくてはいけなくなります。
そのとき、ヒロインである主人公の妻は、娘を守るため死の霧の中でバッテリーを交換するのです。酸素なしでは、安全な部屋から娘の部屋まで行き、バッテリーを交換して戻ってくる間に死んでしまうと分かっていながら、です。
息を止めてバッテリーを替えたものの、霧によって意識が薄れていくお母さん。窓越しに心配する娘に向かって、かけた最後の言葉はなんだったのか。
『あなたには誰より恋する権利がある』
ほかにもセリフはあるのですが、この一言が、私の記憶に張り付いています。
誰より恋する権利がある
この娘さんは部屋から出られないのですが、そこは先進的なヨーロッパ。子供たちのためのテレワーク設備は充実しており、教育は受けられるのです。同じく部屋から出られない友達たちとのビデオ通話も自由にできます。そのやり取りの中、娘がちょっと無鉄砲な男の子の友達を好きになっていたこと、霧が広がる中、通信できなくなった男の子を心配していたことに、お母さんは気が付いていたんですね。
だから、最後の言葉は娘の背中を押すものでした。
この感情を、尊いというのでしょうか。単純に素敵だと思うんですよ。最後の言葉が血統を残せとか、社会的な地位を目指せとか、国を守れとか、生き残れとか、復讐しろとか、子供を作れとかじゃなくて、人を愛していいよってことなのが。
思えば、ただ生き残るための行動は、どんな動物もやることなんです。でも恋愛っていうのは人間にしかできないこと、なのかも知れないんですよね。
非モテの私が言うのもなんだけど、愛し合うことなんて生殖や快楽目的でしかない、なんていうのは、絶望的な人間観だと思います。
いくらの金を稼ごうと、何人の愛人を侍らせようと、巨大な権力を握ろうと、いかに膨大な知識を得ようと、革新的な技術を作ろうと、偉人として歴史に名を残そうと。最後の最後で、愛のない人間観にしか至れないのであれば、人間として生まれてきた甲斐がない、の、かも知れません。
もちろん、愛があろうとなかろうと、基本的には、社会の役に立った人のことは、あがめ奉ることになっているんですけどね。
この映画のお母さんは、娘さんにそのことを伝えたんだと思います。フランス人がみんな、映画のように暮らしているわけじゃないんでしょうけどね。
私は感動したんですが、よく考えるとこういう社会って、非モテには辛いとかいうレベルじゃない気もしますね。生存権を脅かされるに等しいような。私が言っていることも。
さて、私には子供がいません。甥はいますけど。
話を振った手前、とても虚しいんですが、あと三十秒で死ぬときに目の前の子供に残せる言葉を考えてみたいと思います。
命が尽きる瞬間に残す言葉
なにがいいんだろうか。これ、なぜ死ぬかにもよりますよね。病気とか、誰のせいでもないことだったら、ポジティブ系の何かを言うと思いますけど。
人に陥れられたとか、組織の捨て駒にされて死ぬとかだったら、恨みごとのひとつも吐きたくなりますね。
子供に悲惨な生活をさせてしまっていたりしたら、もうひたすら謝ることしかできないかもしれない。自分の人生に後悔があったら、自分のようになるなと言ってしまうかもしれないけど、それだって子供を縛るでしょう。
というか、最後の一言なんて、どう考えても子供を縛るにきまってます。なんだか最後の一言を考えることが、親の一存で子供をどうにかできるっていう傲慢に思えてきました。
いや、もういい。言おう。私の最近のトレンド。それは。
『まあ、全てのものは、あって良い』
酷いこと、惨いもの、人の痛みの分からない奴、悪。病気、戦争、組織、人間の愚かさ、自然の残酷さ。
あるけど、基本飯はうまい。店員さんは優しい。医者も手を尽くす。そうでない国はそうでない国で、普通の人がおうようで生きやすい。
とか、根拠もデータも全くない、むしろ悪い許せないと思えるけど、そう思い込んでおく。なにがあっても、それこそ人間が自分たちの間違いで滅びるんだとしても、基本的にすべてを信じる。
これですね。元ネタは、最近読んだ昔の岩波文庫にあった、旧約聖書の一部です。
創世記、という、神様がなにもないところから海やら陸やら人間やら動物やらを作ったときのことが書いてある部分があるんですね。
ここで、『神がその造られたすべてのものを御覧になると、見よ、非常によかった』と書かれているんです。
『非常に良かった』
神話に世界の成り立ちが書いてあるのは当然です。でかい巨人の死体が大地になったり、地母神がぶった切られて中から穀物が生えたりとか。
でも私が知る限り、創造した世界を、わざわざ自分で褒めている神というのはいなかったように思います。おっ、と思ってメモしました。
キリスト者になれってんじゃないです。無宗教でも何教でもいいんです。ただ、ただ、目の前にあることを肯定し続けて生きていくってことは、重要じゃないかと私は思うんです。
死ぬほど嫌いなんですけどね。非モテ解消みたいなコラムで、もてない人は相手の好意を疑ったり自分の気持ちを疑ったりして失敗することがあるというのを、何度か見ました。こんな正論書く奴は、百回殴りたいですけど、正解だと思います。
自分や他人を、この世の全てを悪いものだと疑ってかかると、この世はその人を敵視しつまはじきにかかります。すると、人生は一気にハードモードになってしまいます。
ハードモードが偉大な芸術家や革新的な経営者、技術者、世を変える思想家、革命家を育むことは、もちろんあります。ただそいつら百人が現れる影には、ハードモードに潰されて死んでいく数百万人、数千万人の骸があるんです。
それでも飛び込みたいなら行けばいい。ただ、行きたくないのに、行くしかなくなってしまうのはあまりにあんまりだと思うんです。そのために、まず人生をイージーモードにしておいて、ハードにするかどうかを選択できるようにする。
だから、基本、すべてを肯定して生きよう、と。
ハードモードを戦う群れの中に行ったら行ったで、そこには人生ハードモード同士の連帯があるわけです。戦う仲間を信じるためには、また周囲を信じることが必要になるでしょう。
こんなこと言うと、簡単に思い浮かぶ反論が、周囲を信じられる状況ばっかりじゃないってことですね。
いや、執筆もせずに資料名目で読んでいた本で知ってますよ。まずこの国からして、世界のどこにも落ちたことのない原子爆弾を二つくらって、首都が焼け野原になって数十万人が数日で死んでますからね。あげく、それをやった国にへーこらして経済的繁栄が出来たと思ったらその繁栄すら斜陽になりつつあるような状態なんですから。
どうやって肯定しろっていうんだ、この汚い世界をってことですよ。
だって、単純に世界単位なら、飯が食えなくて死んでいく人、テロリストにとっつかまってひどい目に遭わされている女性。でなくても強権的な国の奴らに痛めつけられている人。そこまで行かなくても、職場や学校に行ったら死ぬほど苦しいのに、行かなきゃならなくて気が狂いそうな人なんて、一人や二人じゃないでしょう。
ていうか私自身、どん詰まりもどん詰まり。前に書いた、俺ガイルとの作者の比較じゃないですけど、そんな何一つ成功してない状態で何が全ての肯定だってことになるんですけどね。
こんな状況をどうやって肯定しろっていうんだ、っていうのは当然です。
まあ、そうですよね。
でも、しましょう。
嘘、つくんです。生きるために。
全てのものは、あっていい、と。
というのが、私が三十秒で死ぬときに、目の前の若い人に残したい言葉です。
この世の理不尽と戦うときも、繁栄を享受して欲望を満たすときも。
希望がなければ、力が出ません。
殺し合いながらでも、ののしり合いながらでも、その相手を含めたこの世を信じる気持ちを残しておいてほしいのです。心の片隅の、自分でもあるのかないのかわからない所にでいいから。
幸福の分かれ目ってのは、案外そういうところにある気がするんですよ。
私は子供含めて若い人には、能天気に自分勝手に、幸福に過ごしてほしいんです。
私の書いたインセルについての文章とか、非モテについての文章とか読んでいると信じられないかもしれませんけど。考え詰めた結果、何を残すかと言われたら、こういう結論になります。
案外、振り返ってみると私もわりと能天気に人生を過ごしていたような気がします。