理解はあるけれど、住居は貸してくれるけれど、安定しない将来性も見えない彼くんのお世話をして壊れちゃったんだな
何もできなかったり熱を出したりして、ほぼ飲まず食わず、iPhoneの万歩計0が3日続いたら、3日で5kg痩せた、メイクの練習したけど、目が落ち窪んで笑ってる、こんなことしてるより、報告する先があるのに、3日動けませんでした、なんて。。。
宝塚には立見があるのはご存知ですか? 昨今ミュージカルのチケット代が値上げする中、東宝S席9500円を維持し続けている宝塚、ありがたいことです そんななか、驚くことに、立見はなんと、1500円、今回の宙組特別公演は、80分のショーだけなので、なんと1000円なのです 生の舞台が映画いっぽんより安いなんて、わたしは最初信じられませんでした わたしは単純に貧乏なので、A席いっかい行って、あとは立見に6回くらいしか行けないだけなのですが、行ってみると立見にドハマりしてしまいました
今日もせっせと日比谷に足を運んできました 宝塚初めて野郎を連れて ・スマホは必ず電源切る!幕が上がって撮影タイム終わったら切る! ・前のめりにならない、背中を座席につける! ・どのジェンヌさんにもファンが居るし、どんなことにも意味があるから、決して貶さない、特に今はセンシティブなので ・荷物は少なく、お膝の上に置くといいよ ・足は広げない、DAIGOの電車の写真を思い出せ!! ・拍手はやめどきのタイミングがむずいから、真似だけでもいいかも ・セ・マニフィークとみねりちゃんを
不敬だと怒られそうですが ひょんなことで、知り合いに行った、歳下の男の子に、2回目飲みに行ったときに、皇室と宝塚は一緒だよね、と言われ、それ以来ヴンヴン考えた結果、ピコーン!、あ、あたしの中では一緒だと、気付いてしまったのです タカラジェンヌは、清く正しく美しく、それらの象徴 皇室は、日本国の象徴 ジェンヌさんの会見とか、お手振りとか見ると、皇族かよ〜て、ハマる前から思ってた、 でもね、どちらも、ゴシップが付き纏うよね あたしは、物心ついたときから、公式の皇室カレン
Le Grand Escalierの東京公演も、残り1週間くらいですね いろいろありますし、家庭の事情で、泣く泣くお嫁に出したチケットもありましたが、それでもそこそこ行ってます、こないだは母も連れて行くことができてよかった! そらさんロスで半年くらいぼーとしてましたが、気付いてしまったのです、いまの宙組には、和希そらの女たちがいることに!!! とはいっても、夢千鳥くらいしかわからないのですが、じゅっちゃん、ひばりちゃん、ひろこちゃん、御三方をオペラで追いかけ回す毎日です
昨日は寝付けなくて、4時くらいに寝たかな、でも8時半には起きた、二度寝しなかった、 エスモカ飲んでも良かったんだけれど、エナドリの味が欲しかったので、洗濯機スイッチ押して、もろもろ買いに行く、きょうはくもりだ~、おしごとがんばるぞい! モヒートFML、やっぱり最近のFMLは吸いやすいよなあ、むかしのFMLはいまでいうとトゥワイスくらい強烈だった気がする、いや、歳を取ると味覚が鈍くなるてこと?!、だったらかなしいなあ、、 踏み台昇降用に20分のプレイリストをみっつ作った、セ
この記事が10いいねされたと通知が来て、ふといま閉鎖で出会い、別れたAさんのことを思い出した 彼女はあたしの1週間後に退院だった 元気にしているだろうか Aさんのことを思い出すことは、しばしばではないが、たまにあった 彼女との共通の趣味のこと、彼女は読書と着物が好きだったので、書店で、本を見ているときに、着物を着るとき、帯揚げと帯締めを合わせるとき、Aさんだったらどんなのを選ぶかしらと考えることがあった そう、でもわたしはついに自棄を起こして家出中だ 父は上の記事にある
映画、17歳のカルテを見た もう十数回見ている、大好きな映画 ふと、自分が17歳のときはどんなメンタルの問題を抱えていたか考えてみた 完全に躁だった 生徒会副会長なんかやって 結果、MARCHにしか受からないおばかちゃんなのに、しっかり勉強もして、茶道部も真面目にやって でも、おくすりは好きだった パパが肩こりで処方されていたソラナックスを薬箱からくすねた 男が買ってくれたウットを、太宰治に憧れる気持ちで飲んでみた 男に対して、情緒不安定なきもちをぶつけてみたり、自分
恥ずかしいけど見られたい、中高生のときかいた小説のプロットです 母の中に子供ができた。私は正真正銘、父と母が二十の時に、その間に生まれた子供だが、それは誰の子なのかは知らない。父はもう、だいぶ前に居なくなったし、今年で三十六になる、もう若くはない母に恋人の影はない。 控えめに、でもはっきりと「その子のおとうさんは、誰なの?」と聞いた。でも母はたただ、ふふっと笑って私に言い聞かせた。「ねえ、この子のおとうさんは、この子のおとうさんでしかないの。」昔から母はこういうよく分か
前はお友達、今は直属の上司になる方がnoteを始められた。これを機に、いま残してる記事も生き恥晒してるようなものなのだけれど、整理してみた 最近は高校生のとき書いていた未熟すぎる小説のプロットを発掘したので、どうにか再構築したいな、などと考えている
自己肯定感や自尊心の低い女子高生であった。かと言って、自分でどうこうしようとは思わず、男に性的に必要とされる手っ取り早い手段でそれを満たそうとしていた。自信の無さから、ターゲットとしていたのは、周りに女性がいない男の子や、モテない男の子、オタクの男の子、今どきの言葉で、失礼を承知で言えば、「チー牛」「弱者男性」であった。 私の周りの女の子に恵まれてない男の子たちは、私と同様に自己肯定感が低く、モテようという努力はせずに女叩きをしている子が数人いたように思い返される。「まんさ
この記事には精神障害者への偏見差別的なことばが含まれますが、筆者本人の意図に基づくものではないので、誤解の無いよう、よろしくお願いいたします。 私の父(昭和30年代生まれ)はもう定年退職したが、勤めていた職種柄、精神科領域の病気に多少の理解や知識があると思っていた。いや、それがむしろ枷になっているのだろうか、双極性障害とてんかんを患う私に対しての口癖がある。「お前は統合失調症じゃないから大丈夫」 閉鎖病棟からの退院直後も言われた。「な、言ったろ、お前はキチガイじゃないって
お久しぶりです。8/28から9/16まで精神科の閉鎖病棟に入院していました。任意入院でしたので、いちにち2時間はスマホチェックできたり、多少の自由はありましたが、もう二度と入りたくありません。人間関係がややこし過ぎるのと、お風呂に週4回しか入れないからです。そもそも身体の清潔が精神衛生につながります。 私が閉鎖に入るきっかけは、てんかんの心配と、ODへの実刑といったところです。 ところで、病棟の20代の女の子の間では、この男性看護師さんかっこいいよねーだの、好きだわ~推しだ
私には長い文章が書けない 過去掲 小さい頃は神様がいた。それはしさいさんが話すイエス様のことだった。故郷から遠く離れた物悲しい青森で、遠い昔寺山修司も通った幼稚園に通っていた。毎日主の祈りを唱えた。無垢だったわたしは聖劇で序幕の天使の役を与えられた。卒園してもずっと、朝起きたときと眠る前には主の祈りを心の中で唱えていた、けいけんなくりすちゃんであった。 初めて罪を犯したのは小学二年生のとき。わたしは優しい子だったから、通常級に入れられていた知的障害のある男子児童の世話役を
インドのひとが生理用品を安価に製造するために苦労して女性の雇用も生むみたいなはなし、面白かった。 印象的だったのは初潮を迎えたと思われる少女が村中の女性から祝われ子供から少女になる儀式めいたことをするシーン。 生理は女子だけの甘美な秘密だったよなと思い出した。それはそれでよかった。 わたしは初潮が待ち遠しくて小柄な身体に合わせて買い与えられたキティちゃんなんかがプリントされた綿のこどもぱんちゅに母のナプキンをつけていまかいまかと待っていた。 そうしてはじめて生理が来たとき