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19. キイル

満ちた感情もやがては干上がり

そして

つぎはもう少しきれいなもので
入れかわり満たされて

それをくりかえして

そのたびごと
記憶の純度 あげて

それをくりかえしていく
のだから

街に

顔に、手に

紫が降る

色味がかった透明なカーテンが
雨上がりの街にゆらめく
棚引く雲 流れがはやい
逃げきりを決め込んだ太陽が
駆け足で遠のいていく

僕はなすすべもなく立ちつくす

そして翌日
目をさました昼下がり
昨日のあの太陽は
何食わぬ顔で悠然と今日を照らしている

ドアを閉める
つまらない言いわけ たずさえることもなく
とりわけ自然に
僕はあの道へ乗り出す

さめていくだけでぬくもりを戻すことのない風が
きっと今も あの場所をさまよってる


ひしめく雑踏 枯草で埋まる川
トラックの間を縫って抜けた四車線の右
くすんだ街並みが沿道に散らばる

まっすぐゆるやかに
どこまでものびる世界

山が見えた

しずかにつま先をおろすと アスファルトがやわらかなひかりを投げ返す

歩道橋の青看板、そのむこう、はるかむこうまで よくも切れずに伸びる細雲

はじめてみる昼の顔

黒い山肌に両脇をふさがれ
オレンジの街灯に彩られて
あつぼったい闇がおしよせ

音も色もないキャビン
うすくひらいた窓
そして

さいごには白く輝く満天の星空

いままで知ってた夜の顔


粉ふく山肌、口の中 ざらついた気がした
機械音に窓をしめる
不自然な直線が稜線を不自然に切り欠く
飾り気のない無骨な姿、さらして

二人をつないだ別空間、その
勝手な思いこみを
悪い意味でうらぎった昼の顔

しらなかった
見えてなかった

いや
見ようともしなかっただけ
なんだ

君は

‥知っていたね

ひとり
夢想の天外地

おなじ時間、二人の一部、だけど
君にとってここは
未来の、じゃなくて
過去の一部だったのかもね
さいしょからね

ううん

あのときの
二人の青さと たぎる血と 萌える若さ
あわさって
ひかり輝く時間を創出したのも束の間
若さが黄変し 黒潰れした過去が残った

あたりまえを積み重ねて
『退屈』 という名前かもしれない平和な日常の
その先もずっとただ続いていくだけのトンネルを
十年、二十年と、
あきもせず、ただただ くぐっていく、そんな‥なんて

僕と同じ夢、すこしでも
君にも
垣間見えたこと あったのかな

うつつかな、か。

今日ここですべてを置いていける
だって
あのときあの気持ちこそが潮どき 満ちて それ以上はもうどこにもない

やっと穏やかな冬を迎えられそうだよ
かなしくは、ないね


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