サドル狂騒曲86 獣狩りの夜

「 断る。お前の美しさは確かに常人の領域を超えているが、あの無粋な小僧の手垢がついている。残念だが食指は動かないな 」
「 卿、私は16で家を出てからその日の寝場所を探すために好きでもない男に抱かれました。心も体も汚れ切った下衆の私を救って浄化してくれたのが、進藤です 」

 恭平さんはゆっくり幣原様に近寄り手を取ると、頬にそれを当てた。2人は見つめ合ったまま黙っている。私は恭平さんの白い身体から目が離れない。しなやかだけど力強い。繊細で折れそうなのに、圧倒的な存在感がある。端正な顔は神様が自分のためだけに作ったエンジェルとしか思えない。

 彼は私のために、この狂った侯爵に身を捧げるつもりだ。何か言わなければ、でも何も言えない。この場にふさわしい言葉なんて私は持っていない。

「 … 不思議な男だな。ゲイのくせになぜこんな娘ひとりにそこまで執着するんだ 」
「 それは、卿にわかっていただく必要はありません。私の願いは、この身で満足されたら、もう北岡は解放してやってほしい、それだけです 」
「 娘。服を着てベッドから下がれ 」
 突然の言葉に私は戸惑った。
「 青葉、卿の言う通りにしろ 」
 恭平さんの言葉を聞くと、私はベッドから滑り降り服と下着を拾ってドアとベッドの間に置かれたダイニングテーブルのそばへ走った。
 服を身に付けながら、目は二人の様子から離さない。幣原様は手を恭平さんから離すと、ゆっくりひじ掛け椅子に座って足を組んだ。
「 よかろう。だがあの娘を返してやる代わりに、お前は私の言うままに従え。それでいいな 」
「 仰せの通りに… 」
 恭平さんは頭を下げた。そんな… いくら心で繋がっていてもこんなひどいやり方で犯されるなんて雄太さんが納得する訳がない。どうしたらいいの?ただ黙ってみてるだけなんて… 
「 膝まづいて、私の靴に接吻しろ 」
 何て事を… 私は青ざめた。恭平さんにそんな屈辱的な事をさせるなんて、この男は本当に狂っている。
 恭平さんは拳を一瞬握ったけど黙って膝をついた。
「 やめて! 恭平さん、やめて!」
「 青葉は喋るんじゃない 」
 悲しいくらい優しい声が私の口を塞ぐ。恭平さんの両手が床につき、這うように顔を下げたら黒髪が靴にかぶさった。
 足元にひれ伏した恭平さんを見下ろす狂人の顔は満足げで、はめていたタイをゆっくりほどいていく。
 もうだめだ、見ていられない。私は口元を押さえて横を向こうとした。

「 良い眺めだが、茶番はこれでおしまいだ 」
 
 カッと目を見開いた狂人は、いきなり恭平さんの両手を背に回してあっという間にネクタイで縛り上げた。私の悲鳴と恭平さんの叫び声が同時に重なった瞬間の後、幣原様は恭平さんをベッドに引きずりあげ仰向けにして跨った。すごい力… あの恭平さんでも抵抗できない。

「 しおらしい演技を見せおって。お前の全身から漲る殺気に気づかないとでも思ったか!」
「 青葉!早くここから出ろ!出るんだ!」
 叫ぶ恭平さんの喉元を幣原様は片手で押さえつけた。恭平さんの顔が苦痛に満ちて必死に首を左右に振るけど、がっしりした手は容赦なくその白い首を締め上げる。私は恐怖で足がすくみ、震えだした。
「 油断したところで頭突きを食らわせようと思ったか?私を殺す気だったんだろう。舐められたものだ。約束通りまずはお前から辱めを与えてやる。娘はその後だ 」

 笑いながら恭平さんのズボンのベルトとジッパーを外すと、その赤黒い手が中に入っていく。
「 あうっ !」
 恭平さんは弓のように体をしならせて抵抗するけど、幣原様は足で強引に恭平さんの膝を押し割り、デリケートな部分を執拗に刺激する。
「 ほう、なかなか感度がいい。小僧に相当可愛がられているとみた。しかし私の悦ばせ方は一味違うからな 」
 手が、今度は恭平さんの乳首に移ると先の方をつまんでゆっくりこすりだす。恭平さんは唇を噛んで耐えていたけど、幣原様が舌先で固くなった先端を舐めると恭平さんの頬がみるみる赤く染まっていく。

「 あ、嫌… やめて… 」
「 女みたいな細い声で喘ぐとは、面白い。もっといい声で鳴かせてやる 」
再び下に戻した手は何かを引っ張り出して握りしめている。あれは、恭平さんの… 私は正視できずに目をそらした。恭平さんの口から甘い吐息が漏れるけど、顔は苦痛で歪んでいる。
「 全部脱がせてやるからあの娘に見せてやるがいい。私に掘られて無様に射精する姿をな 」

「 逃げろ… 青葉、頼む、逃げて… 」

恭平さんが荒い息で言葉を漏らしたその時、私の視界に光るものが映った。ダイニングテーブルの中央に盛られた果物の鉢の横に、白いリネンにくるまれた金色に光る柄。あれは果物ナイフだ。後ずさりながらリネンをめくる。中から白く光る20センチくらいのナイフが現れた。素早く手に取り後ろへ隠すと、そのまま音を立てずにテーブルを回って幣原様の背中の見える位置まで移動した。恭平さんに跨って、上半身を愛撫している背中は獣みたいに大きい。わずかに見える恭平さんの足は力なく伸びてぐったりしている。

 考えている暇はない。一発で仕留めないと二人とも殺される。

 私は目を閉じて呼吸を整えた。そして間髪入れずに白い背に向かって低く構えると、脇腹めがけて飛び込んだ。


 青葉、天気がいいから今日は馬を連れて散歩にいこう

 
 おじいちゃんの優しい声がする。天国はもうそこにある。

 私はナイフを振り上げた。

 そこから私の耳には、何の音も入ってこなかった。



 

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