サドル狂騒曲76 本日はようこそ
堀川家に現れた雄太は、乗馬倶楽部で見た姿とはまるで別人だった。
あの時砂で汚れていた髪は少し短く切って前髪だけ軽く垂らしたクラシックなスタイルに変わっていた、薄青のテーラードジャケットは体の線にピッタリ沿った個性的なデザインでオーダーメイドでしか出せない斬新さがある。程よく日焼けした首元に目の覚めるような真っ白いシャツが眩しく光り、もっと驚くことにおそろいであつらえた袖のカフスとタイピンには大粒のダイヤが埋まっていて極上の光を放っている。だがそれらを凌駕するに足る雄太の整った容姿と凛とした立ち振る舞いは、まさに選ばれた良血の証だった。
雄太は片手に手土産の入った手提げ、片手に大きな花束を持って小さな玄関先で優美に頭を垂れた。
「 ご母堂と伯母上におかれましてはご機嫌麗しく、お喜び申し上げます。本日のお招き誠に幸甚の極みです」
「 本日はようこそおいで下さいました。進藤様もご健勝の事何よりです 」
瑞枝は笑顔を見せて貴族らしい口上をさらりと取り交わす。後ろに立った藤子は雄太の姿に陶然と見とれていた。永らく社交界を離れ隠遁生活を余儀なくされていた老女達にとってこの華やかな訪問者は忘れかけていた上流階級の風を送り込む極上の侵入者だった。
「 どうぞ入ってくださいまし。美奈子がお茶を用意して待っております 」
「 使いの者が間に合わず私が持参いたしましたが、お口に合いますかどうか… 」
雄太は手提げを靴箱の上に置き花束は瑞枝に手渡した。
「 いただきますわ。お心遣いうれしく頂戴いたします 」
「 さあどうぞ 」
藤子が促すと雄太は柔和な笑顔を浮かべて後に従う。通り過ぎた後の残り香は深みのあるウッディノートのトワレとミントの煙草が絡み、逞しい男を強調する。瑞枝ですら余韻を感じて赤面する始末だ。
「 美奈子ちゃん、雄太さんが来られたわよ 」
藤子は声をかけると、軽く会釈をして居間に戻った。仕切りの引き戸が閉まるのを待って雄太は軽くノックしてドアを開く。
小さなベッドと飾り棚、小さなテーブルに白いコーヒーセットが置かれ傍らに目を伏せ緊張した顔の美奈子が立っていた。明るい場所で見ると、思ったより長身で手足が長い。雄太はドアの前で立ち止まって視線を美奈子に合わせた。自然と顔に笑みが浮かぶ。
「 そばに行っても構わない?」
「 ええ 」
雄太が手を取り握りしめると、美奈子は顔を上げた。白磁の肌に大きな瞳が美しい。何も見えない事が信じられないが、それが雄太の内面にある純真を激しく揺さぶる。気が付けば頼りない背中に手を回し抱き寄せていた。
「 服、可愛いよ 」
美奈子は礼を言ってコーヒーを勧めてくれるだろう。椅子に座って飲みながら倶楽部で騎乗した時の話をする、その後は昔那須で一緒に遊んだ昔話をして、興が乗れば結婚話の真意を問いただす、それが雄太の想定していた今日の進行表だった。
「 雄太さん、いただいたプレゼント素敵だったわ。ありがとう 」
しかしその目論見は一気に崩れて主導権は美奈子に取って変わった。
「 プレゼント?」
「 着てみたのよ。見て下さる?」
突然美奈子は背に手を回しジッパーを下した。桁違いの展開に臨機応変の雄太も言葉が出ない。
「 でも使い方がわからないの。今日はちゃんと教えて頂戴 」
「 ち、ちょっと待って… !」
あどけない顔を飾る黒髪の下で、ピンクのワンピースがはらりと落ちた。
「 あああああああっ!」
雄太は思わず口を押えたが、大きく見開いた目は姫君のあられもない姿に釘付けのままだ。
続
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?