Fujitsuka

99年生まれ/岐阜県不破郡垂井町出身

Fujitsuka

99年生まれ/岐阜県不破郡垂井町出身

最近の記事

祖母の言葉と、寄せられた反応と… 私たちは“伝えることの価値”を見つけた

「え、あの時参加してなかったら、メイとも出会えてなかったんだ」 マコさん(野原真子)が感慨深そうに笑うと、メイさん(青木明衣)も呼応するかのように笑みを浮かべた。 2人は上智大学の学生団体「Go Beyond」に所属している。 マコさんとメイさんは、その団体で共に代表を務めてきた。 周りに流されているような人間で…2018年初夏。 平昌五輪を訪れた上智大学の学生により、「ソフィア オリンピック・パラリンピック 学生プロジェクト Go Beyond」はスタートした。 五

    • 甲子園ベスト4の陰で… 打てなかったヒットと、高校野球の財産と

      2019年8月。夏の甲子園。 岐阜代表・中京学院大中京(現・中京)は、優勝候補を次々と撃破した。 緻密な継投策で流れを呼び寄せ、終盤に試合をひっくり返す。 東海大相模や作新学院を下し、ベスト4へ進出した。 しかし、勝ち上がるチームの陰で、一人の選手がもがいていた。 3番打者を任された増田大晟。左の長距離砲として、岐阜大会では2本の本塁打を放っていた。 勢いそのままに乗り込んだ甲子園。その夢舞台で増田の背中は小さく見えた。 ヒットが一本も出なかったからだ。 ☆   ☆

      • 刻まれた父の名前 祭りとともに、僕は大きくなった

        同級生の声はため息交じりだった。 「曳やままつりが中止になったのは、戦争中と今のコロナ禍くらいかな。600年以上続けてきたのが、“コロナさん”で止まりました」 嘆き声の主は水谷光佑さん。僕の中学の同級生だ。 幼い頃から、祭りの舞台を踏んできた。22歳になった今も、地元で祭りを支え続けている。 祭りへの想いを問われると、水谷さんは堰を切ったように語り出した。 「俺、思ったことがあるんやけどさ…」 その言葉の続きを聴いて、胸が熱くなった。 2年連続の祭り中止。 祭りと

        • 『ドラゴン桜』とは対極の担任 模試返却での言葉は人生の糧に

          日曜はTBS系列のドラマ『ドラゴン桜』を観る。 阿部寛さん演じる桜木建二が、落ちこぼれの高校生を東京大学へ合格させるストーリーだ。 6月6日の放送では、東大専科の生徒たちが「東大模試」を受験する様子が描かれた。初めての模試に、ある女子生徒は自信を失いそうになる。人生で何かを頑張ったことがないというその生徒は、東大受験を思い悩んでしまう。 模試の返却前、桜木はその生徒に「お前は生まれ持っての幸運だ」と語りかける。 「受験しなければ、その運を使うこともできねえ。それを使うか

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          「3密も大事やけど…」コロナ禍に響くけんたろう先生の教え

          中学校を卒業して、もう6年が経つ。 それでも、多くの先生方との関係が続いている。とても幸せなことだと思う。 パソコンの画面に映るけんたろう先生もその一人だ。僕たちの学年を3年間担任して頂いた。 2020年12月上旬。 コロナ禍での学校現場のインタビューを求めると、けんたろう先生は二つ返事で快諾してくれた。 「久しぶりやね。ここは2階の教室です」 黒縁メガネのけんたろう先生は、相変わらずラジオのDJのような低い声を出した。 今は小学3年生を担任している。職員室ではなく、

          「3密も大事やけど…」コロナ禍に響くけんたろう先生の教え

          「中京大中京を倒した男が、迷い続けて見つけたもの」今津貴晴

          2017年10月24日。 バスから降り立った勝利の立役者は、歓喜の出迎えに目を奪われた。 校舎の窓から顔を覗かせた生徒が、駐車場のヒーローたちへ叫ぶ。 「おめでとう!」「すごいぞ!」 カラフルな色彩を放った声が、田んぼに囲まれた公立高校に弾けた。 こんなことあるんだな…。 キャプテンの今津貴晴は、その時初めて、数時間前の勝利を実感した。 ☆   ☆   ☆ 岐阜県立大垣西高校。ほとんどの生徒が進学を志望する普通科高校だ。 2017年秋、そんな公立高校の野球部が快進撃を

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          「支えを力に!フィンランドで闘う挑戦者」杵渕周真(アイスホッケー選手)

          17歳で選んだ道 北欧の地で続ける挑戦杵渕周真(きねぶち・しゅうま)(23)は根っからの挑戦者だ。 2014年。 高校2年(苫小牧東高校)の夏にフィンランドへ留学した。目的は異文化理解だったが、受け入れ先のホストファミリーの計らいもあり、国内のジュニア4部リーグでプレーした。翌年6月の帰国予定日が迫る一方、ジュニア2部の試合を観戦した杵渕は、ある決意を固めていた。 「プレーのスキルやトレーニングに対する姿勢は劣っていない。今、ここでプレーし続けていれば、いつか上のリーグへ

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          「諦めることを、諦める。」笠川真一朗(スポーツライター)

           「諦めなければ何でもやれるって、本気で思ってるんで」——笠川真一朗さん(26)の言葉には、熱がある。真剣な表情で、言いよどむことなく言葉を口にする。関西弁を交えた勢いのある語りには、笠川さんの真っ直ぐな人柄が滲(にじ)み出ているようだった。  笠川さんは異色の経歴の持ち主である。龍谷大平安高校野球部でマネージャーを務め、3年夏に甲子園に出場。その後は立正大学へ進み、野球部のマネージャーを続けた。大学卒業後は東京・銀座の百貨店で2年間勤務し、退職。お笑い芸人に転身し、人気バラ

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          「写真が原稿の切り口となる」武山智史(カメラマン兼ライター)

           真っ黒に日焼けをした武山智史(たけやま・さとし)さんは、自身を「カメラマン兼ライター」と名乗る。腕の皮が日焼けでめくれているのは、この夏もカメラを手にとり、取材に駆け回った証だろうか。  武山さんは身振り手振りを交えながら、カメラマンとライターの両方に取り組む自身の経験を語った。ここでは、武山さんの講義を5つの項目に分けて書き起こす。 (熱心に語る武山智史さん 撮影=筆者) 1.「カメラマン兼ライター」の理由 ★ライターを目指し上京  ライターになりたい。私は高校時代か

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          言葉は人を幸せにするかもしれない

          言葉の力に気付いたのは、中学生の頃でした。 僕の学年は「語り合う学校」を目指し、積極的に言葉を伝え合う風土をつくろうとした世代です。声が揃わない合唱、淀んだ人間関係、行き詰まった学級活動。そんな学校生活のなかで、それぞれが言葉で伝え合うことを大切にした世代でした。 中学生は大人の世界へ半歩ほど足を踏み入れる年ごろです。 背伸びをして何かを語ることやキレイな言葉を口にすることに、抵抗感を抱く年齢です。声高に語る友人の言葉を素直に受け止めることができなかったり、心のどこかで見

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