街角のカフカ #3
石畳を鳴らしてその人混みの中に飛び込めば、あちらこちらで鳴り響く音色や喧騒の中で、昼寝するゴンドラ八百屋の店主や、橋の上で海を臨む老夫婦を垣間見ることができた。
主人のいう雑貨屋というのは中心広場から一本裏路地に出たところにある。建物と建物に囲まれた昼でもランタンが灯るその暗路地には小さな立て看板と小さなドアが一つついている。この奥まった路地では先程までの喧騒も小さくなっていて、代わりに運河のせせらぎが息を吐いていた。
主人はここだよ、レモと嬉しそうに微笑むとベルを鳴らしながら雑貨屋へと入っていった。
「いらっしゃい」
私と似たような年齢の子と、おばあさんが中央のソファから立ち上がって言った。
遮光硝子に遮られた石室のような店内は、絵具が泳いだような模様の電飾で彩られていた。閉鎖的なようでどこか懐かしいこの場所には正面の運河から潮風が運ばれてきている。軽く会釈をして私は雑多に並べられた古めかしい雑貨や絵画を眺めた。
入口横には高い棚があり、様々な品々が収められている。その棚の合間を縫って、私は絵画の飾られたその一角へと足を踏み入れた。
見きれない程の古い絵が額縁に入れられたり、丸められたりしながら陳列されていた。鮮明に映るものもあれば、汚れて消えてしまった絵もあって、私は少しため息をついて微笑んだ。
「一つ買っていこうか、レモ。」
「いいんですか。」
「いいさ、どれが欲しいんだい?」
私は少しくすんでしまった、舟が浮かぶ小川の小さな絵画を指さした。
「印象派だね。」
絵具の凹凸やその水面の彩りは私に少しの夢を見せた。