街角のカフカ #2
主人はこの狭い街に小さな小さな花屋を営んでいる。花屋は街の外れ、大洋に面した街の最西部にあり、中心地からもかなり距離はあるが客足は少なくなくそれなりに繁盛していた。
この花屋には花瓶がない。
注文を受けると主人は屋上や小さな庭へ来て私に注文の内容を告げる。
私はその都度、摘むなり切り落とすなりして店内へ持っていく。
主人は自分で花に手をかけるのは気が引けると語っていた。
その店内にあるのは椅子とカウンターと物好きな主人が買ってきた雑貨で、花屋らしい、花を象徴しているのは植木鉢と少数のドライフラワーぐらいだった。
物好きな店主は物好きなものを拾ってくる。店は彼の気まぐれで開かれているのでいつ開店しているのは彼次第だ。
店を閉じている日には彼は中心街へ出かけて、本土の100年もののワインだとか、昔の海賊の指の骨の入った壷だとか、船のハンドルだとか、大貴族のピストルだとかを買ってきては恍惚と眺めてあるものは店内へあるものは彼の自室へと運ばれてくるのだった。
そして物好きな彼はいつしか私を拾ってきた。
「レモ、今日は店を閉めようか。」
珈琲に口をつけた彼は続けて
「一緒に街へ出ようか。」
と微笑んだ。しわが縮んだり伸びたりしながら彼は今日行きたい雑貨屋の店名やそこの店主のこと、雑貨のことを嬉しそうに語りだした。
「いい雑貨が買えそうですね。」
私も彼のシワに呼応するように微笑んだ。
ゴンドラの縄を解いている間、主人はシャツとベストを着替えてご機嫌な足取りで階段を下りてきた。
「今日はゴンドラも買ってこようか。これは私がまだレモくらいの時に買ったやつだからな。年季が入りすぎている。」
「そうですか、私は好きですよ、この感じ。」
ゴンドラは縄を解かれて鼻歌にのって踊り始めた。私はオールを持って運河を漕ぎ始めた。
小さな運河の小さな小橋を抜けていくうち主人の鼻歌はますます大きくなった。
「私は昔オペラをやってたんだ。」
何度も聞いたその話を彼は歌声に乗せてまた語りだした。行き交うゴンドラの群れを横目に何度も聞いて覚えてしまったその音階に合わせて私も鼻歌しながら、オールを回した。
「今夜うちで食事でもどうかな。」
主人は物好きなので時々彼は彼の歌に聞き入った人をうちへ招こうとする。
遠慮しとくわと高らかに向こう岸から聞こえて、ますます彼の声が遠く響き、私はますます早くオールを回していた。