街角のカフカ #4

小川の絵を見つめながら、屋台で買った飴を転がした。
ふと窓の外を見れば中心街がまだ光々と灯っているのが遠くに見える。放射状に伸びた光の筋のいくつかが私の寝室にも差し込んでいて、それは小川の絵画のように運河にも反射していた。
その水面の上をランタンを付けたゴンドラが波に揺られ揺られて下っていった。
そのせせらぎの中で秒針鳴らす時計はその日の終わりと始まりの狭間にその針をおいていた。

私は窓を静かに全開にして、主人の部屋の灯りが消えていることがわかると、そっと外へ縄を投げ出した。
私はそっと溜息でランタンの灯りを消すと、マッチと少しの銀貨を手にして窓の外へ飛び出した。

微かな月明かりが夜更けの街をうかがうようにして覗いていた。
私は少し駆け足で石階段を降りて、運河へと降りた。ランタンに灯りを灯し、ゴンドラを繋ぎ止めていた縄を手早に解くと、そうそうに花屋をあとにした。

街の南、大運河のさらに先までゴンドラを進めると運河と大洋の境目に位置した美しい橋がある。美しい橋が幾つもかかっているこの街の橋の中でも、私はその橋が最も美しいと思っていた。
花屋の休日や、ぼうと外を眺めているときにぱっと思い出されるのは夜分のその橋のことであり、私はその橋に魅せられていた。
いつしか私は勝手に夜更けに散歩へでかけては光に満ちた街とその橋へと通うようになっていた。

運河沿いの道にゴンドラをつけて、石畳を踏んだ。目の前では弧を描く美しい橋が水面の月光に照らされていた。
運河を囲む周りの家々からは一切の光は消え、私が捉えることのできる光は微かな月光と真っ黒な海越しに見える本土の小さな灯台の光だけだった。
橋の中心部までそっと来て、運河が大洋へと出ていく旅路を見ていると、幾つかの船の信号が流れ星のようにとっさに見えた。
大洋をゆく大鯨が戯れているようにも私には見えた。
続いて、月が過ぎ去った空の大地に足跡のように星星が現れ始めた。
その砂のような微かな光はやがて、大きな川となり、大地に流れ始めた。
そして川から逸れたいくつもの砂の欠片によって大空の大地は、広大な輝く砂漠へと変貌した。
美しい橋の上には月が掘り起こしたもう一つの運河ができた。
その流れを目で追いながら私は月が隠している未知の砂が零れるのを待っていた。

ふと、水面に映る月や星々を見下ろした。せせらぎの中で揺れる、孤空の砂漠は私の手には絶対に届かない場所でぽろぽろと笑っていた。
私はそっと水面へ手を差し伸べた。
私へと手を差し伸べてくれる手はそこにはなかったが、代わりに砂漠はぽろぽろと笑い続けた。
私も川面へ笑いかけた。
潮風が温く抜けていく。

私の心を鮮明に映してくれるのはこの橋下の水面しかない。この街に来て以来、一番の安息とよろこびを与えてくれたのはいつもこの場所だけだった。



いいなと思ったら応援しよう!