覚醒の訪れ
傘立てを前にして絶句している。それは知らない家の玄関先に置いてあり、私自身もその知らない家の玄関先に立っていて、恐らく不法侵入が成立するくらいには他人の敷地に入り込んでしまっていることを不安に感じている。傘立ては何の変哲もない茶色の筒で傘は刺さっていない。色は傘立ての下の方に行くにつれ少しずつ明るいオレンジになっていて、そのグラデーションを見て何故か味噌煮込みうどんを思い浮かべた。映像はそのまま味噌煮込みうどんに切り替わり、ぐつぐつと煮え立つ味噌煮込みうどんが目の前にある。かなり近くで見ているからなのか、味噌煮込みうどんが木目調のテーブルに置かれていること以外に味噌煮込みうどんを取り巻く現在の状況が何一つ分からない。ただ味噌煮込みうどんを近くで見つめている。湯気の立ち上る味噌煮込みうどんを箸でゆっくりと持ち上げると汁や具材をふるい落としながら白く艶やかな麺が一層湯気を纏ってそそり立った。箸は空中で動きを止めうどんを保持している。その時、テレビ番組のインサートであることに気が付いた。私はサンダル履きのADで肩掛けカバンの紐ににガムテープをいくつも通してぶら下げており、背後にはディレクターやその他大勢のスタッフの気配が連なっている。考えてみると秋葉原にある老舗のうどん屋を巡るロケ番組の撮影中だった。窓辺には店主が旅先で買ってきた郷土玩具のようなものが雑多に陳列されていて、その中に紅葉の葉で作られた人形のようなものが目に付いた。視界の右上にはワイプが2つ並んでおり有名なマルチタレントが大袈裟にリアクションをとっていて、タレントの発した台詞がテロップとなって視界を更に遮った。いつの間にか私はテレビの画面を見つめていた。閑散とした自宅の居間にあぐらをかいている。やけに真剣に見ていたようだが、それほど重要な番組には思えなかった。徐ろに立ち上がると膝が鳴った。シンクに放置されたコップを洗い、水を汲んで飲み干した。居間の壁に見知らぬドアがあることに気が付いた。歩み寄りノブに手をかけるとドアの向こうから話し声が聞こえて来た。男性の年季の入った声色はどこか演技のようだった。ドアを開けるとなにやら病院の検査室のような空気だった。大柄の男が私を白い機械の前に誘導している。何も考えず指示に従って白い機械の前に立った。機械の隅にはレントゲン機と印字されていた。男の合図と同時に強い衝撃と強い光に包まれた。目を覚ますと朝だった。私はベッドの脇にうつ伏せの状態で伏している。ベッドから落ちたのは引っ越して以来初めての出来事で、下の階からの苦情などについてやんわりと考えている。のそのそと立ち上がり習慣に身を任せるように無表情で身支度を進めた。シンクにはコップが放置されている。夢で見たものとは別物で間違いなく私物である。ざっと洗い水を汲んだ。口をつける前に背後を振り返り居間の壁を確認する。ドアは無く、そこには本棚があった。夢で見たコップは昔実家で使っていたものであると思い出し、ゆっくりと水を飲んだ。