スペシメンス・オブ・ニンジャ
「シューッ!」「イヤーッ!」
樹上からアンブッシュを仕掛けるバイオハブをチョップ殺し、長袖長ズボンの男は道なき道を進んでゆく。足元には草が茂り、頭上では木々が光を遮る。ここはオキナワに鬱蒼と広がる自然森である。オキナワの森には数多くフェアリー伝説が残り、ノロイを恐れ暗黒メガコーポすらも手を付けあぐねているのだ。
「シュシューッ!」「イヤーッ!」
飛び掛かるバイオタランチュラをチョップ殺し、藪を越えると、そこはギャップめいて開けた明るい地であった。目に映るは切り株、キャンプファイヤーめいた跡、そして、おお…ナムサン!ゴミ捨て場らしき穴から覗くのはドクロの山!もはやここを何らかの危険生物が根城にしていることは明白。そして根城の主は巣へ迷い込んだ哀れな男に今まさに襲い掛かろうとしていた!
「イヤーッ!」
樹上より危険生物のカラテシャウトが響き渡る!ナムサン!もはやネギトロめいて惨死は免れぬのか!いや…見よ!男はアンブッシュを受け止めたのだ!この男は一体!?
カラテ衝撃波で服が引き裂かれ、中から現れたのは赤黒の…ニンジャ装束!そう、ニンジャなのだ!
「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」
先制めいたアイサツに、アンブッシュを仕掛けた危険生物が応じる。
「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ロングアームズです」
長い両腕、光沢のある緑青色の表皮を持つ人型のその生物も、おお…見よ!ニンジャ装束を纏っている!そう、ニンジャなのだ!
「ほお、ネオサイタマの死神が遠路はるばるこんな地へ!リゾートならば森より海がオススメだぞ!」
「なるほど、観光案内感謝する。オヌシを殺した後に行ってみるとしよう。……カムラギという漁師を知っているか。オヌシが連れ去った男だ」
「カムラギ……悪いがモータルの名は覚えてない。大飯食らいなものでな!」
大飯食らい。そしてドクロの山が指し示す意味とは。…ナムアミダブツ。
もはや二者の間に言葉はなく、肌を刺すような剣呑なアトモスフィアが空間を支配した。
「イヤーッ!」先に動いたのはロングアームズであった。自身の身長よりも長い腕による恐るべきロングレンジからの一方的なチョップを仕掛ける!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは横振りのチョップをブリッジ回避!バックフリップで距離を取りスリケンを投げる!
ロングアームズは…何もしない!スリケンはロングアームズの額に当たり…そして弾かれた!なんたる強固!
「効かぬわ!イヤーッ!」恐るべきロングレンジからの一方的なチョップ!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーもチョップで迎え入れる!ニンジャスレイヤーの鋭いチョップはロングアームズのチョップとぶつかり合い…そして弾かれた!なんたる強固!
「グワーッ!」「俺のバイオキチン質の表皮、そしてコガネの鎧には何も通じぬ!」
「ならば…!」ネコめいて着地したニンジャスレイヤーは即座にロングアームズに向かい駆け出す!
「イヤーッ!」恐るべきロングレンジからのカラテパンチ!ニンジャスレイヤーはスライディングで躱し、伸びきったロングアームズの長腕にしがみついた!そして「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの背中に縄めいた筋肉が浮かぶ!関節を逆方向に極めてへし折ろうというのだ!
だが…!「効かぬ!」ロングアームズの長腕はぴくりとも逆側に動かぬ!なんたる剛力!
「イヤーッ!」ロングアームズが力任せに腕を地面に叩き付ける!ニンジャスレイヤーは間一髪で腕から離れ危機を免れる!
「ヌウ―ッ…!」ロングレンジからの一方的なカラテによりワンインチ距離まで近寄れぬ。強固な表皮にスリケンもチョップも通らぬ。関節破壊もできぬ。関節が柔であることは見当が付いているが、関節部だけを狙った地道なカラテを続けられる程度の相手ではない。
(これは…温存などしていられぬか…!)
「イヤーッ!」ロングアームズは恐るべきロングレンジからの一方的なチョップを繰り出す!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは振り抜かれた腕にしがみつく!「関節破壊など不可能と分かったはず…」「イヤーッ!」そして懐より注射器を取り出しロングアームズの関節部へと突き立てた!
「グワーッ!貴様一体なにを…ア、アバーッ!?」ロングアームズは突如悶え緑色の血を吐く!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの鋭いチョップがロングアームズの胸を切り裂く!「アバーッ!」ロングアームズの表皮から金属めいた光沢はもはや失われている!
「アバッ…イヤーッ!」恐るべきロングレンジからのチョップ!しかしカラテが篭っていない!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーもチョップで迎え入れる!両者のチョップがぶつかり合い…ロングアームズの右腕が切断された!「アバーッ!」
「アバッ…イ…イヤーッ!」無造作に振り回された左腕をニンジャスレイヤーは危うげもなくバックフリップ回避!ドクロ山の側へと着地!「イヤーッ!」そして間髪を入れずにスリケンを投擲する!「アバーッ!」もはや弾かれぬ!
「オヌシがバイオニンジャであることは調査済み。バイオ血液分解アンプルをヨロシ廃工場より拝借させてもらった。観念してハイクを詠むがいい、ロングアームズ=サン」
「アバッ……イ…イヤーッ!」ロングアームズはもはやヤバレカバレに飛び掛かる!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはドクロ山から何かを拾い上げ投擲!
"カムラギ"と刻まれたモリがロングアームズに突き刺さり…そのまま標本針めいて木に張り付けた!「アバーッ!」
一気に攻め込むべし!ニンジャスレイヤーは即座に駆け寄りカラテパンチを叩き込む!「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ…!」「イヤーッ!」「アバッ…」「イヤーッ!」「…」「イヤーッ!」「…」
ロングアームズはもはや爆発四散することも無かった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
呼吸を整えた後、ニンジャスレイヤーは懐から紙を取り出しロングアームズの名を塗り潰した。紙面に残ったニンジャネームは2つ。ラウンドウィング、そしてディアージョーズ。研究施設を破壊し逃亡したバイオニンジャ。
バイオ血液分解アンプルの手持ちはもはや尽きた。問題ない。カラテあるのみ。これ以上の被害が出る前に速やかに捕まえ、殺すべし。
ーーーーーーーーーーーーーーー
やがて赤黒の影は森へと消え、イクサの跡にはロングアームズの標本めいた死体だけが残された。その死体も幾ばくもせぬ内に生物たちによって単なるドクロへと変えられるであろう。
イクサを木の洞から眺めていた赤いフェアリーは、興味を失ったように再び目を閉じた。