自信がない自分を好きだと思った話
「自分の●●に対する自信がない」と悩む時期がありました。
ここでいう●●とは、能力やスキル、年収だったり容姿だったり学歴だったり、他人と比較しがちなソレです。
今思えば、自己評価が低い自分にとって、他人との比較は蟻地獄の始まりでした。
単純に、理想が高すぎるのかもしれないから、蟻地獄から抜け出せないと考えました。
確かに人生を振り返ると、20歳の時に書いた日記に「25歳で年収1000万稼ぐ!志高く生きろ!お前の仕事は志事だ!」みたいなイキった迷言がそこにはありました。
残念ながら実現しなかったので、本当にイキった迷言だったと思います。
みなさん、どうでしょうか?
「そんなの普通じゃないのかな?」
「考えすぎても何もいいことないよ」
「もっとポジティブ〜、ポジティブ〜、になりなよ〜」
そうはいっても、頭では分かっていても、考え方を変えることは難しかったりします。
サラリーマンになって8年になるのですが、「うわーっ、なんで自分だけこんな酷い目にあうのだろうか・・・」そんなことばかり考えがちです。
でも、それでもいいやと思いました。
むしろ、それこそが自分なんだと思いました。
「考えすぎな自分」、いいじゃんと。
「やっちゃえ、自分」と。
なぜそう思えたかといいますと、案外、答えは近くにありました。
灯台下暗しというやつです。
それは、父親の存在でした。
以前、記事にも書きましたが、やっぱり父親って偉大だなと。
(ウチの父親)タクシー運転手が子供4人を育てるって、中々ハードだ。
僕の欲しいモノを買ってくれなかったし、誕生日にプレゼントを1回も貰ったこともなく、
家族旅行など以ての外なのも合点がいく。
だけど、僕は4人の兄弟と破天荒な父に育てられ、確実に幸せだった。
幸せ以外のなにものでもなかった。
中卒の父親は、家から出ない人。
「家でゆっくりビールを飲むのが一番幸せなんだぞ〜」が口癖です。
いまにも潰れそうな廃墟じみた実家に帰る際に、ビールを買ってあげるのだけど、嬉しそうに飲んでいます。
そんな父親は、決して「お金がない」と口にすることは一度もありませんでした。
「ウチは貧乏だから」なんて言葉も一度も聞いたことがないのです。
「幸せと感じるか」「不幸と感じるか」は、結局、自分次第なんですよね。
自分に「自信がない」ことをどう捉えるかも自分次第という訳であります。
自分に自信がないから、努力しようと思える。
自分に自信がないから、今できることを一生懸命にやれる。
自分に自信がないから、小さな仕事でもやりきると充実感を得る。
そう思ったら、「自信がない自分を好きだな」と考えるようになりました。
ありがとね、親父。
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