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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(179)


前回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(178)





 上総台高校は先週の金曜日をもって二学期を終え、冬休みに入っていた。年末は活動を休む部活も多いなか、アクター部は二九日まで活動する予定だ。年末はどこもイベントが多い。だから二九日まで、晴明たちに完全な休養日はなかった。

 晴明も三〇日から訪れるまとまった休みをイメージして、着ぐるみに入り続ける。三〇日から年が明けた三日までは、どの部活も活動を休まなければならない。そこに例外はなかった。

 一二月二八日は、雲一つない晴れ間が広がっていた。気温も上がって、冬にしては過ごしやすい陽気の日に、晴明と芽吹、そして植田は千葉中央駅に集合していた。

 三人だけだと晴明は少し寂しく感じたが、他の部員は海浜幕張駅の方で出番がある。毎年恒例の年越し音楽フェスティバルが幕張のメッツェで開催され、メッツェの公式キャラクターであるマリメーに入るのだ。晴明たちも、明日はそちらに合流する。

 でも、その前にまずは今日のイベントを成功させなければいけない。

 晴明たちは千葉中央駅を後にして、目的地へと向かった。三人で歩いていると、芽吹と自分の身長差が道行く人の目を引くような気が、今さらだけれど晴明にはした。

 五分ほど歩いて辿り着いた千葉市随一の商店街、千葉銀座は歩行者天国を敷いているとだけあって、多くの人で賑わっていた。店先には正月飾りも見える。

 晴明たちは商店街振興組合の建物の前まで行って、筒井と落ち合った。近くの駐車場に、ライリスが入ったライトバンを停めてあると言う。

 晴明は、よりいっそう気を引き締めた。今日は、ライリスの今年最後の出番だった。

 晴明がライリスになって、再び振興組合に戻ったときには、建物の前には既に人だかりができていた。それはライリスを待ちわびてということもあるのだろうけれど、一番は目の前で行われている光景の珍しさにあるだろう。聞き慣れない平たい音が、着ぐるみ越しでも晴明の耳に飛びこんでくる。

 今、人々の目の前では餅つきが行われていた。晴明は知らなかったけれど、千葉銀座は毎年この日に餅をついて地域住民に振る舞っているらしい。

 杵が振り下ろされるたびに、人々の頭も小さく動く。良い風物詩だと、晴明はライリスの中で思った。

 人々の前で軽く愛嬌を振りまいてから、晴明は打ち合わせ通り、振興組合の人間のもとへと向かっていく。「ライリス! 今日は餅つきお願いできるかな!?」と訊かれたので、手を胸の辺りまで掲げて意欲を見せた。

 渡された杵は想像していたよりもずっしりと重く、晴明は手に力を込める。着ぐるみを着た状態ではもちろん、素の状態も含めて、晴明には初めての餅つきだ。

 事前に練習はさせてもらえなかったから一抹の不安はあるが、それでも一応動画で予習はしてきた。

 臼の中を覗き込む。もち米は完全に餅の状態になっていて、このままでも食べられそうだ。後はライリスが仕上げをするだけ。そんな段階だ。

 晴明は後ろに倒れない程度に、杵を振り上げる。そして、重力に任せて餅の上に下ろした。振興組合の人間がやっていたように強くつくことはできないが、それでも周囲の人間はライリスが杵を振り下ろすのに合わせて「よいしょー!」と言ってくれた。

 餅の粘り気と弾力が杵を通して、晴明の手にも伝わる。めったにできない体験に、晴明の心は弾みだす。何らかのアトラクションに参加しているようだ。

 二回、三回とついていく。スマートフォンやカメラのシャッターが次々と切られていく。

 晴明の腕力の問題もあって餅つきは五回で終わったが、それでも杵を返すときには、集まった人々から拍手が送られた。お礼の意味を込めて、小さく頭を下げる。

 晴明は自分のついた餅を食べられなかったけれど、ここにいる人たちが少しでも美味しいと思ってくれればいいと感じた。

 ライリスも参加した餅つきが終わると、一回目の餅の振る舞いとなる。

 後ろで次の餅がつかれている音を聞きながら、来場者にきなこ餅が振る舞われる。列になってきなこ餅を受け取る人の横で、晴明も手を振ったりして動き続ける。多くの人がリアクションを示してくれて、フカスタほどではないがやりやすかった。

 来場者全員にきなこ餅が行き渡ると、晴明は机から出た。筒井の手を取る。

 いつもはライリスは一箇所に留まってグリーティングをするのだが、今日はわりあい自由に動いていいと言われている。晴明はさっそく適当な親子連れを見つけて、歩み寄った。寒いのに興味津々といった様子の子供と、素直にライリスを受け入れてくれる母親に、晴明は腰を落としてできる限り大きな動きで応える。

 差し出した手を握ってくれて、晴明の心はじんわりと暖められた。

 それからも数人と交流した後に、晴明はある二人のもとへ足を進めた。二人ともすでに餅を食べ終わって手持ち無沙汰にしていたから、手放しでライリスの到来を喜んでくれた。数日ぶりの再会に、晴明も手を振って応える。

「ライリス! 来てくれたんだ! ありがと!」と言う由香里の横で、莉菜も慎ましい表情を見せている。晴明は大きく頷いた。

「さっきの餅つきかっこよかったよ!」と言われて、再び餅をつくジャスチャーをしてみせる。歩行者天国には、今日の空にも似た爽やかな空気が流れていた。

「ねぇ、ライリス。また一緒に写真を撮ってもいい?」

 今度は莉菜が言ってきたから、晴明はうやうやしく頷きながら、親指を立てた。久しぶりに握った莉菜の手は小さく柔らかく、着ぐるみ越しでもその温かさが伝わってくるようだ。

 スマートフォンを構える由香里の前で、二人はピースサインを作ってみせる。視線をスマートフォンに向けながらも、晴明は隣に立つ莉菜のことを気にせずにはいられなかった。

 由香里からはあのとき以来、引っ越しについての話は聞いていない。莉菜や由香里と接することができるのは、今日が最後かもしれないのだ。

 そう思うと、晴明は莉菜を抱きかかえたいような気持ちにも駆られる。いくらなんでも公衆の面前でそこまでするだけの勇気はなかったけれど。

「ライリス、ありがと」

 写真を撮り終わって、握手をしながら莉菜は口にした。しんみりとした口調ではなかったものの、言葉の意味を晴明は不意に邪推してしまう。悲しい意味ではないと思いたかったけれど、そう思うだけの根拠はどこにもなかった。

 近くまで、それこそ抱擁できそうな距離まで近づいて、晴明は莉菜の背中を軽く叩く。莉菜がどんな決断をしようと受け入れる。自分は、ライリスはいつでも味方だということを伝えたかった。

 莉菜も小さく頷いている。顔に浮かぶ微笑みは、晴明には前向きなものに見えた。

「じゃあ、ライリス。よいお年を」

 二人が手を掲げながら言ったので、晴明も右手を挙げて応える。ライリスを待っている人は、他にもいるのだ。名残惜しいが、いつまでも二人だけに構ってはいられない。

 振り返ってまた顔なじみの人間を晴明は探す。莉菜たちが自分の後ろ姿をじっと見つめていることを、晴明は背中で感じていた。

 ここ数日続いていた暖かな天気が嘘のように、大晦日は気温がぐっと下がり、冷え込みの厳しい一日となった。空は厚い雲に覆われ、今にも雨や雪が降ってきそうだ。

 でも、それも暖房の効いた室内にいればあまり関係はない。

 晴明と桜子は千葉駅前のカフェチェーンにいた。休憩する人、勉強する人、雑談する人でいっぱいのいたって日常の光景にも、今日で今年は終わるのだというそわそわした雰囲気がある。

 席に着くやいなや、晴明たちにドリンクを飲ませる暇も与えず、その人物は話し始めた。

「すいません。似鳥さん、文月さん。大晦日で忙しいだろうに、わざわざお呼びしてしまって」

 改まった態度の由香里に、晴明は思わず息を吞む。わざわざ自分たちを呼びだしたことに、晴明は話の内容が何となく想像がついた。

 それでも、桜子は「いえ、私たちも暇でしたから。で、今日はいったいどうされたんですか?」と尋ねる形を取っている。

 由香里は一つ息を吐いてから、流れる洋楽や人々の話し声に埋もれない程度の声で話し始めた。

「はい。今日お呼びしたのは他でもありません。実は莉菜のことで一つお伝えしたいことがあるんです」

 想像通りの切り出し方だったけれど、晴明は改めて背筋を伸ばす。悪い予感を抑え込むかのように。

「結論から言います。実は、莉菜は三学期から別の高校に転校することになりました」

 呼び出されたときから、覚悟はできていたはずだった。こうなることも想定していなかったわけではない。

 でも、実際に言葉にされると衝撃は思いのほか大きく、晴明は思わずうなだれそうになってしまう。

 環境を変えるのは莉菜にとっては悪い決断ではない。そう自分に言い聞かせてみても、ハニファンド千葉とは、ライリスとはどうするのだという疑問が、首をもたげてくる。

「そうですか……」と答える桜子の声も弾んではいない。耳にした事実を受け入れることに、戸惑っている様子だった。

「はい。莉菜はもちろん、両親も含めて何度も話し合った結果、一回環境を変えてみようという結論に達しました。今の高校の校風が莉菜に馴染まなかっただけで、新しい学校ではまた違うかもしれませんから。もちろん私たちも莉菜のために今以上のサポートをしていくつもりです」

「そうですか……。では、今日で僕たちと由香里さんたちはお別れということですね」

「いえ、違いますけど」

 何を言ってるんですか? と言うような由香里の顔に、晴明たちはかえって目を丸くしてしまう。転校という言葉の響きは、晴明にとっては遠くに行ってしまうこととイコールで繋がっていた。

 事態が飲みこめていないといった風の二人に、由香里はそのままの顔で告げる。

「莉菜が転校するのは、今の高校から二駅ほど離れた場所にある高校です。最初は私たちが送っていくことになりますけど、慣れれば一人で十分に通える距離です。転校と言っても、私たちはどこかに引っ越すわけじゃないので、安心してください」

「ってことは、引き続きハニファンド千葉の試合には通えるってことですか?」

「はい。私も莉菜もそうしたいと思ってます。今の私たちにとっては、それが一番の楽しみですから」

 そう言って笑顔を向けてくる由香里に、晴明は全身の力が抜けていくようだった。

 一〇月に知らされてからずっと気を揉んでいた問題に、一つの決着がついた。もちろん、この決断によって莉菜の未来が明るくなるとは限らないけれど、それでも晴明は安堵せずにはいられない。

 来年もスタジアムで、それ以外の場所で、莉菜や由香里と会うことができる。そのことが手放しで喜べるほど嬉しかった。来シーズンの開幕が、今から待ち遠しい。

「似鳥さん、文月さん。改めて来年もよろしくお願いします」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」。二人がそう言うと、由香里はにこっと白い歯を向けてくる。満面の笑みと言っていいのだろう、その表情を見ると、晴明は照れずにはいられない。少し視線を外しても、視界の端に映る由香里は表情を崩してはいなかった。

 店内に流れる穏やかな空気と時間は、新しい時に向けて着々と歩みを進めている。

「ちょっとお二人ともいいですか!」

 驚いたような顔で由香里が言ってきたのは、自分のスマートフォンの画面を見てのことだった。それまでの和やかな空気を一変させるかのような声に、桜子が「どうしたんですか?」と尋ねている。

「今すぐ、ハニファンド千葉のホームページを見てください!」

 晴明と桜子はそれぞれ自分のスマートフォンを取り出した。由香里に言われた通り。ハニファンド千葉のホームページを開く。トップのバナーは昨シーズン終了の画像を示していて変化がない。

 でも、晴明たちは新着ニュース欄に、一件のリリースが投稿されているのに気づく。それはきっと全てのハニファンド千葉のファン・サポーターが望んでいたリリースだ。

 晴明も思わずそのリリースをタップした。

〝柴本颯太選手 契約更新のお知らせ〟

 そこに書かれていたのは、間違いなく柴本の名前だった。契約を更新したということはすなわち、来シーズンもハニファンド千葉の選手としてプレーするということだ。柏サリエンテからのオファーは断ったのか。

 スクロールしていくと、ページ下部には柴本からのコメントが掲載されていた。

〝この度、2021シーズンもハニファンド千葉の選手としてプレーすることを決めました。ファンやサポーターの方々はなかなかお知らせできず、やきもきしたことと思います。少し僕のことを話させてください。忘れもしない昇格プレーオフ決勝。試合終了の笛を聞いたときに、僕は頭が真っ白になりました。多くの練習を積んでチームの雰囲気も良かったのに、それでも一部昇格には届かなかった。どうすればいいんだろうと、しばらくは途方に暮れていました。ですが、ファン感謝祭等でファンやサポーターの方と触れ合えたことで、僕は自分のやるべきことを改めて確認することができました。それは、このクラブを何としても一部に引き上げること。僕はハニファンド千葉が好きです。何でも言い合えるチームメイトに、このクラブのために必死に、心を砕いて骨を折って働いてくれるスタッフをはじめとした関係者の方々。サポーター一人一人の熱量は、他のどのクラブと比べても引けを取らないですし、間近で声援を聞くことができるフカツ電器スタジアムは最高です。かっこよくてかわいいマスコットたちもいます。スクール時代からお世話になっていて愛着しかないこのクラブを、より高いステージへと連れていく。来シーズンこそはその使命を全うします。そのためには、皆さんの応援が必要不可欠です。ぜひとも来シーズンも僕たちと一緒に戦ってください。力を貸してください。よろしくお願いします。それでは皆さん、よいお年を! 来年もフカスタで会いましょう!〟

 柴本のコメントは他のどの選手よりも長く、画面を何度もスワイプしなければ読み切れなかった。文量もそうだけれど、内容からハニファンド千葉への愛情と来シーズンに向けての決心が、ひしひしと伝わってくる。

「泣けちゃいますね」と呟いた由香里に、晴明も全くの同感だった。ライリスたちのことにも言及してくれて、かけがえのないチームの一員だと思ってくれていることに、思わず涙腺が緩む。

 きっと同じように感動しているファン・サポーターは多いことだろう。こんな風に言われて、モチベーションが上がらないわけがない。

 相思相愛。柴本とクラブ、そしてファン・サポーターの関係を表すのに、これ以上当てはまる言葉はないと晴明は思った。


(続く)


次回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(180)

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