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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(181)


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 ライリスの新年最初の出番は、部活動休止期間が明けた一月四日にさっそく訪れた。きぼーる通りにある千葉市科学館の常設展示の一部が今年からリニューアルしたので、その記念に声がかかったのだ。

 千葉市科学館は千葉中央駅から上総台高校への途中にあり、毎日前を通っているものの、晴明は中に入ったことは一度もなかった。桜子は行ったことがあるらしいが、何年も前のことなので大分忘れてしまったらしい。久しぶりの訪問に期待している様子がラインで送られてきて、晴明の心も乗せられていた。

 ライリスが館内に登場するのは、一二時と一四時の二回だ。晴明たちは一一時に千葉中央駅に集合する。晴明、桜子、芽吹、植田という去年最後の活動と変わらないメンバーだ。

 歩き慣れている道でも学校以外の用事では、晴明にはどことなく新鮮に感じられる。

 千葉市科学館はガラス張りの複合施設「きぼーる」の七階から一〇階にあるので、晴明たちは建物に入ってまずは直通のエレベーターを目指した。頭上には、大きな蜂の巣を模したモニュメントがぶら下がっている。外からも見えていたが、下からのぞき込むとその迫力に晴明は目を見張った。

 エレベーターを降りると、館内は平日にもかかわらず親子連れで混雑していた。自分たちと同じように、冬休みの最中なのだろう。誰もが足取りを弾ませて、目を輝かせているように晴明には見える。体験型施設を謳っているだけあって、八階から上の展示が待ちきれないといった様子だ。

 植田が受付で事情を説明して、スタッフがやってくるのを四人は待つ。

 その間、晴明は背後にあるプラネタリウムが気になっていた。満天の星を晴明は見たことがない。どんな景色が上映されているのだろう。

 出番が終わったら見に行けるかどうか、後で植田に尋ねてみようと感じる。当然自腹にはなるだろうけれど。

 スタッフに晴明たちは八階に案内された。展示を突っ切っていって、奥にある講義室を目指す。普段は講座や講演会の会場として利用されているこの部屋が、今日の晴明たちの控え室だった。

 入ってみると長机と椅子がわざわざ部屋の隅に避けられ、ライリスを着られるだけのスペースができている。

 先に来ていた筒井に、四人は丁寧に挨拶をした。「あけましておめでとうございます」といったこの日だけの挨拶にも、筒井は清々しい笑顔を返してくれる。

 ブルーシートの上にあるライリスの着ぐるみ。目がこちらを向いてきていて、晴明は気を引き締め直した。

 筒井から改めて今日の説明を受けてから、予定通りに晴明はライリスに入った。新年になったからといって、何かが変わるわけでもなかったが、それでも晴明は想像以上に緊張している自分を感じていた。

 筒井に手を引かれ講義室から出ると、八階にいた子供たちは見かけるやいなやライリスに向かってきて、晴明は時折足を止めながら、一人一人に丁寧に対応した。手を振り、膝を曲げて目線を合わせる。たったそれだけのことでも子供たちは喜んでくれて、晴明は大きなやりがいを感じる。

 変わったことをする必要はない。いつも通りでいいのだ。そう思いながらも、晴明の心臓はまだ早鐘を打っていた。それはきっと、初詣で樺沢が言ったことを意識しているからだった。

 エスカレーターを降りて、晴明はエントランスのある七階へと向かう。ライリスがゆっくりと姿を現すと、入り口を入ってすぐのサイエンスアート広場にいる人たちが、こぞってエスカレーターの方を向いた。

 軽く手を振りながら、注意してエスカレーターから降りる晴明。広場には親子連れのなかに、大人が何人か混ざっていた。ハニファンド千葉の赤いグッズを身につけた人もいる。

 この人たち全員が入場料を払って、ライリスに会いに来てくれているのだと思うと、晴明は少しは科学館の収益に貢献できたかなと思う。

 広場についた晴明はスタジアムと同じように、来場者との記念撮影やグリーティングに励む。そのなかには、莉菜もいた。由香里はおそらく仕事だろう。勇気を出して一人で来てくれたことに、晴明の胸は暖められる。

 握手をしている間、莉菜は微笑んでくれていて、晴明は新しい学校ではどうかうまくいきますようにと、願わずにはいられなかった。

 グリーティングと記念撮影を終え、晴明は本格的な展示のある八階へのエスカレーターを上る。展示を見学しているライリスの写真を撮って、後で公式HPやSNSへ上げるためだ。

 自分の後ろについてくる人たちの気配を感じながら、晴明は着ぐるみを着ていないときのように、一つ一つの展示を見て回る。

 千葉市科学館の八階はワンダータウンと名付けられていて、視覚や音の不思議を体験できる展示が展開されていた。床が傾いた部屋に入ってみたり、左右が反転しない鏡の前に立って普段とは異なる感覚を味わってみたり。動体視力を試すテストにも挑み、視覚化された音に驚く。

 着ぐるみを着た状態でも、子供用に作られているせいか、展示の数々は分かりやすく、晴明としてはためになることが多かった。おかげで演技ではない、展示に興味津々といった様子を示すことができる。

 ライリスの状態で写真を撮られることにも、もうとっくに慣れていた。むしろもっと撮って、ライリスの姿をSNSに投稿して拡散してほしいとも感じる。そうすればライリスの認知度も上がり、マスコット総選挙での順位向上も望めるだろう。

 全ての出番や行動が、マスコット総選挙の結果につながっていると、晴明は本気で思っていた。

 だから、歩いている途中に握手や写真撮影を求められても、決して手を抜かない。一つ一つの地道な積み重ねでしか人気は向上しないことは、ライリスに入り始めてからの半年以上の時間で分かっていたことだった。

 冬休みを終えた晴明たちは、八日からまた学校に通っていた。

 とはいえ、今年の一月八日は金曜日で、一日行けば成人の日も含めてまた三日間休めるということで、学生たちの間には少し緩んだ空気が流れていた。学校以外でもう会っているのか、今さら「あけましておめでとう」の声も植田以外からは聞かれなかった。

 始業式を終え、暖房が効いた部屋で、普段通りの授業をこなす学生たち。またすぐ休めるからか、教室の空気はどこか締まりのないように、晴明には感じられていた。

 放課後になると、多くの学生たちは部活へと向かう。晴明と桜子も例に漏れず、部室へと足を運んだ。

 二人が到着したころには既に部室には三人の先輩が待っていて、晴明は安心感を得る。顧問や勝呂が来るまでのなんてことのない雑談にも、部活ができることへのありがたみを感じる。五人は元日だけでなく、五日から七日にかけて毎日部活で会っていたから、もはや正月モードは抜けきっていた。

 少ししてやってきた勝呂も、既に今年最初の全体練習で五人とは会っている。だから、去年までと何の変わりもなく練習に入ることができた。

 ランニングや体幹トレーニング、ダンスなどのメニューを声をかけあいながら、晴明たちアクター組はこなす。毎日練習をしていたおかげで、身体は鈍ることなく、十分に動いてくれている。

 成や渡の表情も元気で、去年から取り組んでいたダンスも自分でも分かるほど上達していたから、晴明は確かな手ごたえを得ていた。

 一月の九日と一〇日。土日になっても、ライリスの出番は珍しく両日ともなかった。

 だけれど、アクター部の活動が全くなかったわけではない。九日と一〇日は両日ともSBSハウジングパークで新春フェアがあり、晴明、成、渡の三人は手分けしてウッピーとサッピーに入っていた。

 抽選会やスーパーボールすくいなどの催しを、着ぐるみを着た状態で盛り上げる。寒空の下のイベントでも多くの親子連れが訪れてくれていて、グリーティングの時間も晴明たちが手持ち無沙汰になることはなかった。

 二日間が終わり、田鍋からも上々の評価を受けて、晴明は心地よい疲れと達成感を手にしていた。ウッピーやサッピーに入るのも板についてきた。

 仮入部のときにステージを眺めていた自分からは想像もできないような状況に、晴明は感慨深い思いを抱いていた。

 それでも翌日の一一日も休みとはいかず、晴明たちアクター部の全部員は、千葉みなと駅へと集合していた。千葉ポートアリーナで行われる「千葉市二〇歳のつどい」、いわゆる成人式に参加するためだ。

 人数が多いため、一〇時からと一五時の二回に分けて行われるこの催しは、毎年各区のキャラクターが参加することが恒例になっている。だから中央区のキャラクター、チューマくんとラトカちゃんのスーツアクターとして、成と渡が呼ばれたのだ。

 そして、晴明は今日はライリスに入ることになっている。千葉市をホームタウンとする各スポーツクラブのマスコットも、毎年この成人式には参加していて、今年はハニファンド千葉のライリス、千葉ガナッツのナッキー、そして千葉県全域をホームタウンとするプロ野球チーム・千葉ロックオーシャンズからオーサくんが参加する。

 よって控え室も広い部屋が割り当てられて、汗をかいたときには男女別の更衣室を自由に使っていいことになっていた。

 晴明たちが控え室に入ったときにも、また入った後にも続々とスーツアクターはやってくる。ゴロープロダクション等から来ているプロのスーツアクターなのか、はたまた普段は別の仕事をしている区やクラブの職員なのか。晴明には分からなかったけれど、自分たち以外の全員が大人で、肩身の狭い思いはどうしても感じてしまう。

 やることと言えば新成人を入り口で出迎え、ステージに上がって市長や新成人代表の話を横で聞くぐらいなのだが、それでも晴明は自分がしっかりと緊張しているのを感じていた。

 でも、成や渡から専門外の人よりも自分たちは多くの経験を積んでいるはずだと励まされると、少し心が軽くなって、前向きに人前に出られるような気もしていた。

「はい、おはようございます。アクター部の皆さん、今日も一日よろしくお願いします」

 少し用事があったのだろうか。晴明たちが控え室に入った時にはいなかった筒井は、晴明たちが席についてから数分ほど遅れてやってきた。別の着ぐるみに入る成と渡も含めて、晴明たちは全員で立ち上がって挨拶をする。

 筒井の手には、おそらく今日の予定を記したものだろう、バインダーが握られていた。

「それでは、ライリスの今日の予定について説明したいのですが、その前にまず一つ、私からお知らせすることがあります」

 筒井の発言に、晴明はわずかに身構える。想像はあまりつかなかった。

「二月に開催されるアサヒデラックスカップのイベントの一環として、今年もマスコット総選挙が開催されることがつい先日、決定しました」

 何の色もつけることなく、淡々と言う筒井。だけれど、晴明は武者震いするような感覚を味わっていた。

 もはやただの人気投票ではなく、五月からライリスに入ってきた自分の活動の全てが評価される。そんな風にマスコット総選挙は、晴明の中で意味づけられていた。

「今までちゃんと説明したことはありませんでしたが、皆さんマスコット総選挙はご存知ですか?」と言われて、五人ともが頷く。晴明は事前に知らされていて、よかったと思った。

「開催期間は一月の二三日から二月の六日までです。投票方法は去年までと変わらず、SJリーグの公式アプリと公式ライン。加えてツイッターでの当該ツイートのリツイート数で決められます。投票開始から一週間が経った、一月三〇日に中間発表。最終結果発表は二月の一〇日から段階的に行われる予定です」

「筒井さん、出るのはライリスですよね」

「はい。一クラブにつき出馬するのは、マスコット一人と決まっていますから。ハニファンド千葉は今年もライリスを出馬させる予定です」

 出馬という言葉を聞くと、まるで本物の選挙みたいだなと、晴明はプレッシャーを感じてしまう。ライリスはハニファンド千葉のメインマスコットキャラクターだから、至極当然のことだろう。

 ピオニンやカァイブ、成や渡といった先輩を差し置いて出馬することを、晴明はようやく自覚した。他の二人のマスコット、そしてハニファンド千葉に恥じない結果を残さなければと、気持ちを新たにした。

「あの、筒井さん。それで具体的に僕は期間中、何をすればいいんでしょうか?」

「それはこれから決めていくところです。地域活動は引き続き行ってもらうとして、SNSの更新や選手も巻き込んだ投票の呼びかけなど、様々な方策を考えていきます。実際にライリスたちに入っているアクター部の皆さんの意見や提案も取り入れながら、期間中の活動を進めていければいいかなと」

 筒井がそう言った瞬間、自分以外の四人の雰囲気が変わったのを晴明は感じた。特に桜子と芽吹は晴明から見ても分かるくらい、前のめりになっていた。

 企画や脚本、広報や宣伝を担当する自分たちの腕の見せ所が来たと感じたのだろう。既に頭では、いくつかのアイデアが浮かんでいそうだ。

「さて、マスコット総選挙期間中の活動も大事ですが、それと同じくらい今日のような平時の活動も大事です。急に特別なことをやるよりも、一つ一つを丁寧に積み重ねることが評価される近道ですから。なので、似鳥さん。改めてですが、今日もどうかよろしくお願いします」

 目の前の活動の重要性を強調する筒井に、晴明もはっきりと返事をした。心の中で「任せてください」とつけ加える。

 今日はめでたい日だ。自分も心から新成人たちを祝うつもりで、着ぐるみに入ればいい。

 晴明は今一度着ぐるみが置かれているブルーシートを見つめた。ライリスの着ぐるみは一番前に置かれていて、今日も凛々しい表情をしてくれていた。


(続く)


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